:2009年9月
ニランジャナと出会って
大阪大学 3回 島津 真理子
今回このツアーでインドに行くというのは海外渡航経験が1回しかない私にとってはとても勇気がいるものでした。しかもインド…両親も不安がっていたし、もちろん私も想像がつかない分かなり不安でした。衛生面や生活は大丈夫なのか、病気にならないのかな…等など、行く前は正直不安の方が大きかったです。でも行ってみて、実際に現地の人々と触れ合って、良くも悪くも今までイメージでしかなかったインドの本当の姿を知ることができました。日本では絶対できない貴重な体験が出来る、それがこのツアーの良いところだと思います。
インドに出発する前に、学校の授業の関係でインドが抱える問題について考える機会がありました。花嫁の持参金絡みの問題や人身売買の問題、大きな経済格差の問題など突き詰めて考えていくとすべての根底にあるひとつのキーワードが浮かび上がってきました。それは「教育」です。日本では中学校までは義務教育としてほぼすべての人が当たり前に教育を受けることができます。モラルや社会の常識を身につける大事な制度だと思います。しかし、インドではそれが当たり前ではありません。日本と違って人口の多い国だし、すべての子供を教育するのは経済的にもあまりにも難しいのです。そんな中、今回訪れたブッダガヤはインドで最も貧しい州であるビハール州にありました。他の州でさえ完璧には出来ていない教育をビハール州の、しかも都心から離れた村で行っているニランジャナスクールはどんな所なのか期待しながら向かいました。
まず驚いたのが建物です。想像以上にしっかりとしていて、黒板も机もありました。子供たちは近辺の17の村から通い、300人以上在籍していてみんな同じ制服を着、クラスは幼稚園のクラスから高校のクラスまであって学校としてしっかり成り立っていました。校長先生や他の先生たちに話を伺うと、子供たちを心から愛していること、教育に対してとても熱心であることがひしひしと伝わってきました。子供達も授業をとても真面目に、でも楽しそうに受けていました。英語の学習をし始めたクラスの子供たちはつたない英語で話しかけてくれたり、高学年の子供たちは日本の学生とは比べ物にならないくらい流暢な英語で話してくれたりして嬉しかったのを覚えています。子供たちの中には日本語を知っている子供もいて、ひらがなで自分の名前をかいてくれて驚きました。
また、ニランジャナの孤児院も訪問しました。学校とは少し離れたところにあって、村人のための無料の診療所も併設していました。ここに住む孤児達とはツアー中に話したり遊ぶ機会が多かったのですが子供達みんなが元気で明るくて兄弟のようで、じゃれ合ったり年上の子が年下の子の勉強をみてあげたりしているのを見て、すごく微笑ましかったです。
スクールを見て思ったのは、日本の設備の整った学校と比べるとまだまだ環境は十分ではないけれど子供たちの勉強に対する意欲や先生達の教育への熱意は日本の学校以上であるということ、そして孤児院の子供達や学校に来る子供達を見て思ったのは心が豊かであるということです。子供達のキラキラした笑顔や、物質的には決して豊かであるとは言えないけれどその中で夢を持ち一生懸命勉強して成長している姿はこの子供達の未来が開けていることを感じさせてくれました。
インドについて知り、考えるきっかけを与えてくれたこのツアーと引率してくれた山中さんや15日間支えてくれたツアーメンバーにとても感謝しています。本当にすごく楽しかった!学生の間にこんな貴重な体験をすることが出来て得した気分です♪これからも日本から出来る支援について考えていきたいと思っています。
:2009年9月
会社員
高嶋佳菜子
約2週間のインド。一言で言ってしまうと濃かったです。
私達は凄い守れた環境で過ごしていたから、本当の意味でのインドとは言えなかったかも知れないです。だけど、写真に残さなくても心に残る風景や光景に沢山遭遇して。カメラ越しじゃなく、ちゃんと自分の目で心に頭に焼き付けたい。そんな風に思う事がいっぱいいっぱいありました。
それ位、インドは色んなごちゃごちゃや思いが交差している国でした。
一緒に過ごした仲間も最高で、本当に楽しかったです。またインドに帰りたいです。
後悔する部分も沢山ありました。私は英語も全然出来なくて、他の人たちに比べあまりコミュニケーションが取れなかったです。自分から言葉の壁を作ってしまっていたと思います。
そしてニランジャナの子供たちは本当に本当に可愛いかったです。大きくて真っ直ぐな瞳。何をしてあげれたか正直解らないけど、子供たちにもらった笑顔は忘れません。
このスタディツアーに参加して多くの出逢いのきっかけをもらいました。本当に感謝します。有り難うございました!
:2009年9月
関西学院大学 総合政策学部1年
松尾多佳子
『インドへ行って良かった!!ニランジャナの子どもたちと会えて良かった!!』
インドから帰ってきて、ただ素直にそう思いました。
体調を崩して、辛い時もありました。たくさんの物乞いにあい、胸が苦しくなる時もありました。お湯が出ない…そんなカルチャーショックもありました。でも私は今回のスタディーツアーに参加して本当に良かったと思っています。
それは、日本ではなかなか味わえない、多くの愛と自由が溢れていたからだと思います。
ニランジャナスクールでは、
先生が子どもたちを自分の子どものように愛します。
子どもたちは先生を親のように愛し、尊敬しています。
先生同士も、本当の兄弟のような関係です。
孤児院では、子どもたちは本気でケンカし、そして思いっきり遊ぶ姿が見ることができました。先生と一緒にお祈りしたり、歌ったり、踊ったり。そんな姿は、まるで大家族でした。少し羨ましいぐらいです。
ニランジャナでは、貧しくて医療を思うように受けられない人々のために、クリニックを設けられていました。そして女性の自立を目指すために、裁縫教室も開かれていました。助けを求めている人々に積極的に手を差し伸べる、ニランジャナとそれに関わる全ての人の愛を感じずにはいられなかったです。
そして何より、スタディーツアーのメンバーを快く迎えてくれました。そして、常に私たちを気遣ってくださり、距離感のないホスピタリティーには感動しました。子どもたちもすぐに名前を覚えてくれて、訪れるたびに屈託のない、最高の笑顔を見せてくれました。そんな笑顔に、私は毎日心が満たされ、幸せな気持ちになりました。
ニランジャナ以外でも、私は愛を感じた経験をしました。
それはマザーテレサの家の、障がいを持った人の施設でのボランティアの時です。
そこには、精神的な病を抱えた人、大きな傷を抱えた人、おじいちゃん、おばあちゃんがいました。午前中のみのボランティアだったのですが、自分なりに少しでも愛を伝えたいと思い、たくさん体をさすったり、笑かしてみたりしました。そうすると、皆さん笑顔を見せてくださりました。そして何度も何度もキスをしてくださりました。皆さんの精一杯の愛に、少し涙が出そうでした。
そしてインドの大きな魅力。自由!!
「周りは気にしない」そんなインド人の堂々とした姿はとても印象的でした。
周りを見渡せば、牛・ヤギ・ニワトリ・人・車・オートリキシャー。文明と自然が当たり前のように共生している様子もかなり衝撃的でした。自由というか、適当なインド人の性格にもたくさん笑わせられました。
確かにインドには貧困問題や、格差問題があります。
街に出れば、両手いっぱいに買い物している人や、食べ過ぎで体格のいい人がいれば、ボロボロの服を着た物乞いをしている人もいます。都会に行けば行くほど、それを目の当たりにすることができました。しかし、述べてきたように日本ではなかなかない愛をいっぱい感じました。たとえば、ニーマ村という貧しい村へインタビューに行った時、そこではコミュニティーの絆の深さ、家族愛を身にしみて感じました。
ところが、やはりニーマ村では医療や教育が行き届いていない現状と、それに対する強い訴えが村人からありました。そして、インドでは物乞いしないと生活できない現状があることも知りました。つまり、まだまだ愛や助けを求めている人はいるということです。
今の私には彼らに直接的に何かをすることはできません。しかし、時間は掛かるかも知れませんが、せめてニランジャナに恩返ししたいと思っています。ツアー中は常に笑顔でいること、そして相手の笑顔を創ることで愛を表現し、返していました。ツアー後は、より多くの人にこのスタツアと、その素晴らしさを伝えることや、スクールに給食と運動場がないという問題に対するアプローチに関わることで、恩返しと愛を伝えられればいいなと思っています。
ニランジャナが与えてくれた、多くの出会いと愛に心から感謝します。
そして、歌声が素敵なあきよさん、個性豊かなメンバー、常に笑顔をくれる先生方、愛しい愛しい子どもたち、インドで出会った全ての人に、「ありがとう」を伝えたいです。
:2009年9月
大阪大学 外国語学部 3回
瀧嶋 和泉
今回このスタディツアーに参加できて本当によかったと思いました。出発前はまだ2回目の海外で、初めてのインドで、2週間も居られるのか不安だったけれど、帰国する頃には、もっと居たい、また来たい!と強く思いました。こんな風に思えたのは引率してくれたあきよさん、ニランジャナスクールや孤児院の子供たちと先生やスタッフ、そして一緒に2週間過ごしたツアーメンバーのみんなのおかげです。このツアーで出会った人みんなに、ありがとうの気持ちでいっぱいです。
この旅の思い出イコールニランジャナでの思い出と言えるくらい、ブッダガヤでの1週間は私にとって印象深いものになりました。最初のゴミゴミしたデリーとは全く違って、自然に溢れ、のんびりしたブッダガヤの風景はすごく落ち着いたし、何よりスクールや孤児院で子供たちと過ごす時間はただただ楽しかったです。それに子供たちのキラキラした目がすごく印象に残りました。私たちが作った授業を一生懸命聞いてくれたスクールの子供たち、一緒に遊んだ孤児院の子供たち、道端で声をかけてくれた子供たち。みんないつもキラキラした目で笑顔で接してくれました。だから自分も日本にいる時よりも笑顔で過ごせたと思います。
そして、ニランジャナスクールは私の想像していたものよりもずっと素敵な学校でした。“寄付で成り立っている無料の学校”と聞いて私は、もっと小さくて貧相で、少し悲愴感すら漂うものをイメージしていました。でも実際に行ってみて、そのイメージは覆されました。立派な校舎に教室があって、お揃いの制服を着た子供たちはとても嬉しそうに学校に通っていました。勉強がしたい!という一心で遠い村から長い時間をかけて学校に通い、勉強ができることに喜びを感じている生徒たちと、その生徒たちに愛情を注ぎ、子供たちに教育を受けさせてあげたい!という情熱に溢れた先生たちの関係は本当に素敵だと思いました。
「学校は庭、子供たちは植物、先生たちは庭師。愛情を注げば子供たちはよく育っていく。」というプリンシパルの言葉通りの素晴らしい場所でした。けれど同時に、この学校が抱える課題や厳しい現実も知りました。子供たちのための給食、グラウンド、そして先生たちに十分な給料が払えていないこと。ついつい子供たちの方にばかり目がいっていたけれど、先生たちにもそれぞれ支えなければならない家族がいるということをプリンシパルの話を聞いて気付かされました。そして自分たちの生活が苦しくても、子供たちのためにこの学校で働き続けたいという先生たちの想いに改めて感動しました。
世界には様々な理由で教育を受けられない子供がたくさんいるということは、今までにも学校の授業やメディアを通して知っていました。でもやっぱりどこか他人事でした。同情する気持ちはあっても、自分にできることなんて何もないだろうと思っていました。でもこのツアーで自分の目で見て、直接話を聞いて、子供たちとふれ合って、心から、自分も何かしたいと思いました。今までみたいに諦めるんじゃなく、自分にできることを見つけたいと思いました。それが具体的に何なのかは、まだメンバーとも相談している最中で模索中です。けれど、これからも何らかの形でずっとニランジャナとつながりを持ち続けて、応援し続けていきたいと思っています。そしてまたいつかニランジャナのみんなに会いに行きたいです。
:2009年9月
大阪大学外国語学部2年
米田藍
日本を発つ3カ月程前までは、まさか自分がインドに行くなんて考えてもいませんでした。今から思うと、その時インド行きを決断した自分を褒めてあげたい気持ちがします。それ程このスタディーツアーは自分にとって形あるものを残し、自分の中で何かを変えくれました。
日本は確かに住みやすく、居心地が良いに違いありません。そのために世界各地で起こる戦禍や飢餓状態も、自分の周囲には起こり得ない、関係ないことのように平和ボケしてしまいます。日本では世界にある他の国の人達のことを考えず、暮らしている人も多くいると思います。少なくとも私自身、そのことで真剣に頭を悩ませたりはしていませんでした。
テレビや本で世界の貧困の実態を見たり聞いたりするのと、実際目にして現地の人と話を交わしたりするのは全然違っていました。子どもや老女、身体に障害を持つ人の物売りや、物乞い…目の前にして初めて、インドにある問題を実感しました。ツアー中そういった場面に何度も直面しました。そしてお金をあげてもきりがなく、その人のためにならないと、そう思えど、少し話をしたら、その目を見たら同情してしまいました。そもそも同情で物を与えるってどうなんだろう?と考えました。同情することは上から目線であるし、される方も辛いと思っていました。だけど彼らは違っているように思いました。赤ん坊を連れたり、自らの生い立ちを話したりして、あえて同情を誘っていました。その時、それが彼らの生きる術なんだと思い、彼らにとって自分達はどう映っているのだろうか、ただお金を持っている、という存在なんだろうか、と考えると胸が苦しくなりました。
物乞いにお金を渡すことは自立を妨げるとか、きりがないとか、逆効果につながる、といったマイナスの意見を耳にします。でも私はもう少し楽に考えたいです。彼らは実際、それで日々の生活を立てているのだ、と。たとえこちらの気紛れの施しであれ、偽善的に思われるようなことであっても、その時、自分が少しでも施したい、と思ったなら、その行為は悪いことではないんじゃないか、と。実際そのお金がその人の元にいかないとか、そういうこともあるかもしれませんが、その時自分に素直に行動できたら良いなと思いました。
ニランジャナスクール、孤児院での約1週間の滞在は私にとって1番充実していて楽しいものでした。最初、たちかわりやってくる日本人を学校の子どもたちは本当に受け容れてくれるだろうかと不安でした。だから子ども達の誰もがとびっきりの笑顔で、握手や挨拶を求めてくれた時、本当に嬉しかったのを今でも覚えています。彼らの顔を見ていると、つい手を差し伸べたくなります。先生に感謝する日、子ども達は私達を出迎え、私達にまで、少しずつ出し合ったお金で買ったお菓子、手作りのチャイをくれました。申し訳なく思いつつも、彼らの純粋な好意に感謝し、有り難くいただきました。プレゼントをもらう先生方も少し恥ずかしそうにしながら、とても嬉しそうでした。孤児院の子ども達と一緒にご飯を食べて過ごすうちに、この場所が本当に居心地良くなっていることに驚きます。ずっと長いこといたように思ってしまいます。孤児院の子ども達には正直驚かされます。幼い子達にここまで人を思いやれるのかということ、彼らはどんなことを感じ、どんな思いで過ごしているのか、ということ。言葉には言い表せませんが、ツアーに参加した者として、今、行こうかと悩んでいる人に是非自ら行って、子ども達と会って、感じてきて欲しいです。彼らは未来をしっかり見据えて、真っすぐでした。そんな彼らを応援したいと自然に思えました。そしてその将来をのぞいてみたい、と思いました。自分にできることは何?そこから考え始めることが、私にできる第一歩だと思います。
最後になりましたが、常に私達の体調を気遣い、希望を聞きながら引率してくださった章代さん、シッダルタさん、おかずさん、ニランジャナの先生方、一緒にツアーに参加して同じ時を過ごして、話あった仲間の皆さん、そしてツアー関係者の皆さんに改めて感謝の言葉を述べたいです。
多くの素晴らしい出会いや経験を与えてくれたこと、心から感謝します。ありがとうございました。
インドに、子ども達の笑顔に、また是非会いに行きたいと思います。
:2008年9月
桜美林大学リベラルアーツ学部 1年
市川詩音
インドという国、ニランジャナの人々、そして旅の仲間に本当に多くの事を教えられた旅でした。
インドには本当に多くの光と闇が存在していると思いました。
ニランジャナの人々は私たちをとても温かく歓迎してくれました。
彼らの温かさに触れるたびに本当の豊かさについて考えさせられます。しかし、
それと隣り合わせに辛い現実や悲しみがあるということを知りました。
様々な理由で家族と暮らすことのできないまだ小学生くらいの年齢の子ども達。
自分の家庭を養えない先生達。「シスター、10ルピー」と私の目を見つめる物乞いの子供たちから
目をそらしただ首をふるだけの自分の姿。物乞われることに慣れ、自分が貧しい人々をインドの風景として
どこかで受け入れていることに気づき、ひどくショックだったのを覚えています。
私は自分がただの偽善者ではないか、私に誰かの力になるなんて思い
上がりではないかなど自分への不信感で自分は無力であると決めつけていました。
しかしニランジャナスクールに心から愛を注いでいるあきよさんやシッタルタさん、
校長先生やニランジャナスクールで働いている人々の姿にどれだけ勇気づけられ、
希望を与えられたかわかりません。
特に貧しい人々への自身のジレンマに苦しみ、実際にこうしてインドの人々のために活動するアキヨさんからは
多くのことを学びました。
今回、ツアーの中で寄付についてメンバー内で何度もミーティングをしました。
本当に有意義なミーティングだったと思います。感謝の気持ちをどうやったら相手に
伝えることができるか。相手を思いやるとはどういうことか。
など根本的な視点から話し合いました。こうして相手を想い、
悩むというのが本当の意味での相手を思いやるということなのかもしれないと思いました。
私がインドで強く感じたのは、ここは祈りの国であるということです。
子どもたちは毎日瞑想やお祈りをします。私たちも参加させてもらいました。
満天の星空の下で歌われる祈りの歌に、私は彼らの平和への願いを感じずにはいられませんでした。
そして私も彼ら全員の幸せを願わずにはいられませんでした。
本当に温かい時間を過ごすことができました。
ここでの出逢いを大切にしたいと心から思います。
多くのことを与えてくれた優しい子供たち、
私たちを温かく受け入れてくれたニランジャナの皆さん、
旅の間私たちに本当に沢山のことを学ばせてくれたアキヨさん、
そしてこうしてツアーで出会い、毎日を分かち合うことのできたメンバーのみんなに心から感謝です。
:2008年9月
成安造形大学、造形学部、4年、山本真希
1、ツアー感想
ツアーではスジャータ村のニランジャナスクールに長い間滞在していました。
はじめはデリーのゴミゴミした都会にいたので、スジャータ村のとてものどかで広い
景色に落ち着きました。景色の中には、サリーを着た色鮮やかな人がいたり、牛が渋
滞していたり、頭に大きな荷物を乗せて歩いてる人がいたり、子供たちが走り回って
いたり、とびきりの笑顔で手を振ってくれたり、新鮮で美しかったです。
ニランジャナの孤児たちと触れ合うことが多かったのですが、彼らは身近な幸せを本
当に大切に思っていました。私は子供たちに将来の夢をきいていました。皆それそれ
夢の形は違うけれど、貧しい人や困っている人を助けるために働きたいといっていま
した。まだ小学校くらいの子供たちからそんなことを思っていることを知って、私は
頭が下がりました。ここにいる子供たちは本当に心が豊かで、人のことを思いやれる
心を持っていて、しっかりとして大人びていて、遊ぶときは本気で遊んで、とても生
き生きと生活していました。子供たちを取り囲んでいる大人たちも、大きな愛をもっ
ていて、遊ぶときは地面に転んで砂だらけになるくらい、何事にも本気で挑んでいる
姿を見ることができました。学校にいる時も、いつも笑顔で明るくふるまっている彼
らを見ていて、貧困の深刻さよりも満ち足りている印象を持っていました。
しかし、実際にその笑顔の裏で大きな苦労を背負っていることを知りました。子供を
優先に考えるあまりに、先生の給料が十分でなく、本当にギリギリのところで生活し
ているのが現状でした。家族のいる人は家族を十分に養えない、親に頼るしかない、
友人の奥さんの病気の治療費も負担していたり、明日どうなっているかわからない状
態。違う職に就けば、もっと安定した生活を手に入れられるのですが、お金があるな
しに関わらず、先生方はここでずっと先生をし続けていたいとおっしゃっていまし
た。子供たちが好きで、人と助けることが自分の幸せであると胸を張っておられまし
た。そうした先生の姿に感銘を受けました。ここにいる子供も大人も、お互いを思い
あう大きな愛でつながっているのだと感じました。だからこそ子どもたちはあんなに
もまっすぐなのか、と。
日本で住む私は、物質的に満たされていても、こんなにも豊かな心は持てないと思い
ました。綺麗ごとではなく、お互いを思いあっている場所があり、そういう気持ちを
信じられる場所があることに私は驚き、感動しました。世の中は捨てたものではない
と思えました。それが一番の衝撃でした。
最後のお別れのときに子供たちは、貴重な紙で手紙をわたしてくれたり、シールをく
れたりしました。きっと大事なものの一つだた思うと、皆の優しさが心にしみまし
た。私たちからの贈り物に『世界に一つだけの花』をうたったのですが、この歌詞の
意味をとても噛みしめることができました。いっぱいもらいっぱなしの私は、この思
いや経験を、日常生活でも大切に生かしていきたいと思います。
また、インドは物乞いの人が多かったり、何が本当かわからなかったり、寄付とはど
うあるべきかとか、気持ちの上でどう整理すればいいのか戸惑うことが多かったで
す。ツアーの仲間と話し合って他の人の考えを聞いたり、人に接する姿勢、人として
の気持ちの持ち方をに触れることで、学ぶことが多くありました。全体的に本当に濃
いツアーでした。
最後に、これからもニランジャナスクール、そこに関わる人たちがずっと幸せでいら
れますことを願っています。そうなるように私も応援していきたいです。
多くのことを教えていただき本当にありがとうございました。
:2008年9月
兵庫県立大学 環境人間学部 3年生 末富由貴
今回このツアーに参加することは、私にとってものすごく勇気のいる決断でした。
初めての海外旅行にインド、今まで顔も知らなかった人たちと15日間も一緒に過ごすことに不安がいっぱいでした。
でも、15日間が終わり日本に帰ってきて感じたのは、このツアーに参加できて本当に良かった、
またすぐにでもインドに行きたいという想いでした。
特に、ニランジャナスクールで出会った人たちは、私が今まで考えていたインドやインド人とは全く違っていました。
貧困で苦しんでいると聞いていたので、どんな状況を目にするのか覚悟をしていたのだけれど、実際に行ってみると、
たくさんの子どもたちが眩しいくらいキラキラした笑顔で迎えてくれて、逆に戸惑ってしまうくらいでした。
子どもたちだけでなく、先生やスタッフの方々もとても親切に良くしてくださったおかげで、
インドでの生活や人々にもどんどん打ち解けてきて、同時にニランジャナスクールに対して愛着もどんどん湧いていきました。
しかし、ニランジャナスクールの財政状況を知って、先生方が苦しい生活について話しているのを聞いて、
今まで目にしなかった本当の現実を見せられたようでショックでした。
自分にできることは何でもしようと思っていたのですが、結局もらったもののほうが多かったと思います。
彼らのために何もしてあげられなかったのではないか、それだけが心残りです。
学校や勉強が大好きな子どもたち、その子どもたちを本当の家族のように愛している先生やスタッフの方々。
私は彼らのことが大好きになったし、彼らがこれからもあの場所にいられるように何かお手伝いをしたい、
彼らとつながっていたいと強く思いました。学生である自分にできることなんてたかがしれているかもしれない。
でも、日本に帰った今、ニランジャナスクールで見たこと感じたこと、そのとき感じた自分の想いを忘れることなく、
少しずつ恩返しをしていきたいと思っています。
最後になりましたが、このツアーに参加して出会えた人々 〜 章代さん、
一緒に旅をしてきた仲間たち、ニランジャナスクールの子どもたち、先生やスタッフの方々、
などなど。15日間大変お世話になりました。たった15日間でこれほど多くの人たちに出会うことができて、
このツアーは私のこれからの人生に大きな影響を与えるものになりました。本当にありがとうございました。そして、また会いに行きたいと思います。
:2008年9月
関西外国語大学短期大学 英米語学科 2回生 渕田めぐみ
私は小学生の時に読んだ海外青年協力隊で活動している方の本をきっかけに、
初めて世界の貧困について知り、その時からずっと興味をもっていました。
しかしボランティアやスタディツアーという形で海外に行くことがないまま学生生活最後の年をむかえてしまい、
行くなら今しかない!と探してたまたまみつけたのがニランジャナのスタディツアーでした。
NGOの活動が実際に行われている現場を自分の目で見たい、感じたい、そして少しでも何かしてあげれたらな。
という思いで飛び立ちましたが、実際に行ってみると、子供たちは想像以上に元気!!
逆に毎日元気と笑顔をもったいないぐらいにもらっていました。
最初は20人近い子供の顔と名前を覚えられるか心配でしたが、一人一人顔にも性格にも個性があって、
帰る頃にはすんなり名前が呼べるようになっていました。みんな本当に優しくて可愛くていい子ばかりで
離れるのがとても辛かったです。スクールのスタッフの方たちもいつも私たちの事を一番に考えて下さり、
楽しい時間をすごす事ができました。
ニランジャナで出会った人たちを一言で表すとしたら、「思いやりのかたまり」という感じです。
本当に本当に大人も子供も純粋な心を持っていました!ニランジャナスクールの先生とのミーティングでは、
先生たちの生徒に対する熱い思いに感動したと同時に、お給料が少なすぎて家族すら支えられないという先生たちの
つらい立場を知り胸が痛みました。それでもニランジャナスクールをやめないのは、仲間を生徒を本当に愛しているからだ、
という言葉に、何かせずにはいられないという気持ちになりました。先生あっての学校なので、
本当にどうにかしないといけない深刻な問題だと思います。他にも目で見て肌で感じ、
湧いてきた感情がたーっくさんあります!知ってしまった今、どうにかしたい、何かしたい。
という気持ちでいっぱいです。
それは義務や責任感のようなものではなく心の底から自然に湧いてくる本能?
みたいな気がします。また、今回15日間のツアーを共にした日本人メンバーとの出会いにも本当に感謝しています。
ミーティングの度に一緒にたくさん悩んで時には意見がぶつかる
事もありましたがこの事が私たちを大きく成長させてくれたと思います。
ずっと繋がっていたいと思える仲間に出会えて嬉しいです。大切なのは、
今回現地で生まれた感情やその時の気持ちをこれから生きていく上で忘れない事だと思います。
日本からの支援も続けながら、絶対またニランジャナスクールに行きたいです。百聞は一見にしかず!!!
子供と遊びたい!それだけで充分です。みなさんも是非ニランジャナスクールに行ってみてください★
最後になりましたがあきよさん、シッダルタさん、引率本当にお疲れ様でした。
そしてニランジャナスクールと私を引き合わせてくれて本当に本当にありがとうございました!
ずっとずっと力になっていけたらなと思っています。これからもよろしくお願いします!!
:2008年9月
成安造形大学 造形学部 4回生 勝島美耶
私は今回が初めての海外ということで、目に映るもの全てが新鮮でした。
インドは決して安全とは言いがたい国ですが、今回ツアーに参加を
したことにより
安心して15日間を過ごせました。章代さん、シッダルダさん、ニラン
ジャナのスタッフの方々、
参加者のみんな、本当にありがとうございました。この場を借りて
お礼を申し上げます。
孤児たちと一緒に瞑想をしたり歌ったり、ご飯を食べたりと今でも
そんな光景が目に浮かびます。
私は今まで全く歌を歌わない人間だったのですが、これを機会に
みんなで歌う楽しさを知りました。
孤児たちはみんな明るくて、腕相撲をしているグループを見ると、
僕も僕もとやり出して
気づけばみんなで腕相撲大会になっていたりなんて事もありました。
本当によく遊び、みんな真面目でした。夜になっても小さな明かり
を頼りに勉強する子
もいて、その姿が健気で心を打たれました。
こんなかわいい子どもたちが、何故苦しまなければならないのでしょう。
日本でぬくぬくと育ってきた私に、笑顔をくれて、ご飯や水を運ん
できてくれて、
おかわりする?と聞いてくれて…。
涙が込み上げました。してあげられる事は精一杯したいと強く思い
ました。
学校を訪れて一番衝撃を受けたのはトイレが壊れていたことです。
鍵がかかっていて使えなくなっていたのです。その間、子どもたち
はどうするのでしょう。
直すにはどれだけの費用がかかるのか校長先生に尋ねたところ、30万
円必要だという事がわかりました。
ほかの先生方も直したいと思っていますが、運営が厳しい中でこの
多額の修理費はすぐに出せないようです。
フリースクールの運営の厳しさを目の当たりにしました。
デリー、ヴァラナシで、両足がなくとも精一杯生きている人を見ました。
この人を助ける制度は、インドにはまだ無いと聞きます。
学ぶ環境が与えられ、食べ物もあって、生活もある程度保証されて
いる日本は、どれほど豊かなのでしょう。
先進国はまずこの実態を知り、自分たちが出している無駄に気づか
なければなりません。
このツアーを通して、私たちは日本に戻って積極的に、ニランジャ
ナのことや貧困についてを、世の中に訴えていこうと決意しました。
:2008年9月
日本大学4年 宮下阿弓
「日本で私が出来ること」
今回の旅を通して、子供や村の人との心温まる楽しい交流とともに、
「お金」というものについて私はとても考えさせられた。
ニランジャナは学校・孤児院・クリニック・
裁縫教室などさまざまなことを無料で行っているチャリティースクールで、
このスタディーツアーでは孤児院で孤児達と一緒にご飯を食べたり、生活のほとんどをともにし、
学校で自ら授業をさせてもらったりしたが、その運営は常に赤字続きだという。というのも、
現在のニランジャナの収入源は大阪にあるインドカレー屋さんの収入と全国の寄付金のみ。
しかしニランジャナのあるビハール州にはたくさんの貧しい人たちがたくさんいて、
まだまだ援助の手が足りないというのが状況である。
私たちがニランジャナに滞在している間、ニランジャナの学校の先生の給料についての
問題が大きな課題として初めて浮上した。話を聞いてみると、公立の先生の給料が少なくて7000ルピーのところ、
現在のニランジャナの先生の給料はなんとわずか1500ルピーだった。
これだけでは先生達は到底生活していけなくて、親にお金を借りたり、なんとか切りつめて生活してきたという。
しかしそれぞれ所帯を持ち、一家の大黒柱として家計を支えている先生達はついに生活の危機に瀕し、
やっとこの問題が浮上した。もちろんこれまでも先生の給料不足という問題意識あったものの、
裸足で学校に来る子供、お腹をすかしている生徒を間の前すると、
自分のことそっちのけで他人に力を注いでしまう、
そんなニランジャナの人らしさが積み重なった現状だと思った。
この状況を受けて、私たちはミーティングを重ねた。「1円でもいいから今すぐ寄付したい!」
「今すぐしてしまったらお金を渡すことの価値が下がってしまわないか?」
「そんな事いってられない、今彼らに必要なのはお金だ!」・・・。
13人のメンバーにはそれぞれいろんな意見や葛藤があった。
私も自分の考えが何度も分からなくなった。
そんな中、先生達のミーティングに参加させていただき、
これからニランジャナが自ら収入源を持ち安定した経営を行う為の案を伺う機会があった。
牛を買って酪農をする、オーガニック農業をして生徒の食費をまかない、
さらに野菜を売ることで収入が得られる・・・。様々な案が出されたが牛1頭買うのにも、
農業の土地を買うにも、莫大な資金が必要でどれもこの状況をすぐに解決出来るものではないことが明らかになっていき、
話し合いが進むに連れ、私と友人はとても心が苦しくなっていった。
日本でも「お金」はとても価値のある、大切な物。だけどスタディーツアーのメンバー
のお財布の中にはきっと先生達のお給料の何ヶ月分ものお金が入っているだろう。
そのお金で彼らの生活を少しだけ助けることが出来るが、逆にそんなお金では、
彼らの生活を根本的に救う事は出来ない。少しのお金の大切さと、
少しの力の無力さを同時に突きつけられたような、なんとも言えない苦しさが私たちを襲っていた。
そしてそんな苦しい状況の中で、貧しい人のために無償で教育を続けている先生やスタッフがいつかニランジャナを
離れていってしまうのではないかと凄く不安になり、私はほとんど話せない英語で「私たちも日本から支援することを誓うから、
どうか教育を辞めないでください」と精一杯伝えた。気が付くとボロボロ涙がこぼれてきた。
するとプリンシパルは、いつもの優しい笑顔で応えてくれた。「絶対に辞めない」と。
それはニランジャナに関わるスタッフ、先生、その家族、生徒、子供達、
そして私たちも全てが家族だからだそうだ。困った人がいたらみんなで助ける、
その時一番最前の事をする、そうすれば神様がきっと助けてくれる。シッダールタさんが学校を初め、
その考えに共感したたくさんの人がビジネスではなく心、
仕事ではなく使命として集まってきたのがニランジャナなんだと感じた。
人の優しさや偉大さに涙が出たのは初めてだった。ニランジャナは本当に温かくって、
にぎやかで、本当に居心地のいい素敵な場所だ。この場所がさらに発展して、多くの人を救っていくことを心から祈っている。
孤児達は人なつっこくて、本当に可愛かった。
この子達にもニランジャナの孤児院にくるまではたくさんの貧しさや苦しさがあったのだろう。
年齢は様々だが、小学生の子がほとんど。どの子もお母さん甘えたい位の年頃だろうと思うと少し淋しくなったが、
シッダールタさんを初めニランジャナの人の子供への愛情の深さを見るとその不安は吹っ飛んだ。うわべではなく、
偽善ではなく、本当に彼らは家族なんだと思った。今まで神様のことなんて考えたこともなかったし、
ボランティアと偽善という言葉は紙一重だと思っていた。それでも、世界では貧しさに苦しんでいる人がいることは分かっていて、
メディアを通してじゃなく自分の目で貧困や教育の現状を見てみたい!!
そんな思いでこのツアーに参加した。このツアーはその思いを満たしてくれるのに、充分だった。ニランジャナの孤児院、学校の子供達との関わりだけに終わらず、最も貧しい村の人との交流会、若者とのミーテイング、孤児とのピクニックは一緒にサッカーしたり本当に楽しかった。子供の笑顔は本当にキラキラしていて、この子達が安心して笑って暮らせるように、日本に帰ったら少しでもニランジャナの事を知ってもらって、力になろう!と心に誓った。それが、私たちを温かく出迎えてくれて、私たちのことを家族だと言ってくれて、いつでも戻っておいでといってくれるニランジャナの人たち、また日本とインドの架け橋となっている章代さんへの恩返しだと思う。
インドから帰ってきて、日本で私が出来ること。
このツアーで「お金」がどれだけ物質的な物かを感じた。
言葉ではうまく表せないが、「お金」に心はなくて、本当に物質的なもの。
また貧しいのとお金がないのは違うと思った。
日本に帰ってきて、綺麗に整備され道路、何もかもありふれた社会のありがたみを感じるとともに、
少々戸惑ってしまう。が、何も日本がこの発展を辞め、質素な生活をする必要はないと思うのだ。
私たちはそれぞれの毎日を豊かに生きていくべきだ。しかし、食べ物を残してしまうとき、
何かを無駄にするとき、ただぼーっと目的もなく生きてしまうとき、お腹を減らして死んでいく子供がいること、
人生の希望などなく日々生きていくのに精一杯の人達がたくさんいたことを思い出したい。
その気持ちを日本人一人一人が持ったら、きっと何かが変わると思う。
そのために、1人でも多くの人に現状を知ってもらうこと、
小さな力だがニランジャナの会員となって寄付を続けることが、私に出来ること。
:2008年9月
杏林大学 総合政策学部 4年生 黒澤華子
1、インド滞在2日目で「もう日本に帰りたい」と思っていた私が、
最終日には「もっとブッタガヤにいたい。また必ずインドに来よう。」
と心境が大きく変化していた。
それは全てニランジャナの子どもたちと先生方とそしてスタッフと出会ったからだ。
「実際にNGOの現場をこの目で見たい。そして、自分にしか出来ないことを見つけたい。」
との思いで参加したスタディーツアー。そこでは
、本や映像では分からないリアルなインドの姿を見ることができた。
ニランジャナで出会った子どもたちは元気で明るくて、私たちにいつも勇気を与えてくれた。
本当に彼らの笑顔に何度も勇気づけられたのは事実だ。
その一方で、シッダルタやプリンシパルから村の現状や学校の現状などの話を聞けば聞くほど、
村社会の厳しさや学校運営の厳しさなどを痛感した。でも、そういった厳しい現状に負けることなく、
希望をもって前進し続ける彼らの姿に、もの凄い使命感というものを私は感じていた。
「子どもたちに教育を受けさせたい」との熱い想いが、先生方やスタッフ、
そして村人にまで伝わって、学校は成り立っているんだなと実感した。
先生とのミーティングに参加した際、ある先生が「何があっても、
この仕事を続けたい」と答えた。この言葉を聞いたとき、私は涙が止まらなかった。
先生方の情熱はきっと生徒たちに伝わっているはずだから。
私はこの旅で「使命とは何か」と常に自身に問い続けていた。
日本に帰ってもまだ明確な答えは見つかっていない。
でも、まずは身近な人を幸せにすること、そして自分の出来ることから始めようと思った。
私たちはスタート地点に立ったばかり。全てはこれからだ。勇気を出して行動を起こしていきたい。
最後にこの旅で出会えたかけがえのない仲間は、一生涯の仲間になりました。
そして章代さんには、本当に心から感謝しています。章代さんがいたからこそ、
私たちはたくさんの経験をすることができました。本当にありがとうございます。
:2008年9月
近畿大学 中澤太輔
インド ニランジャナスクールでの感想
ニランジャナスクールの学生は羨ましいな。感想を書こうと思うと、沢山のことが思い浮かびましたが、
その事が一番に出てきました。一体何が羨ましいかと言うと、校長先生や先生方の愛情をこれでもか、
という程に受けていると感じたからです。僕達が訪れた町は、インドでも特に貧困がひどい地域です。
学校に来ている学生も裕福だと言える訳ではありません。
そんな環境の中での先生から学生への愛情には驚かされました。
その反面、先生の給料に驚かされました。その額は1500ルピー(約4500円)です。
インドで、日雇い仕事の人でも毎日働けば1500ルピー(4500円)は超えると聞きました。
大学まで出て、1500ルピー(4500円)しかもらえない状況です。日本の先生の何割が、
この環境で教師をしたいと手をあげるのでしょうか。
この先生達とミーティングを行った時が僕の中で、最も印象に残っています。
「学校で働いていてどんなことを感じているか」
と聞いてみると、先生方は皆「この学校の生徒や先生方は、家族です」
「だから、支援があるとかないとか関係なく辞めません」とおっしゃっていました。
自分の生活が苦しいのに、何故こんなに人の事をおもいやれるんだろうかと感じました。
そのミーティングの最後に、校長先生がお話をくださいました。校長先生がおっしゃっていたことは、
英語だったので詳しくは何を言っているのかは分かりませんでしたが、
校長先生の喋る「声」「表情」「仕草」を見て聞いて、本当に心から先生を、
生徒達を、孤児達を家族だと思って、接しているのだなと感じたとき、
本当に感動して、生徒達を羨ましく感じました。
そして、学校で、孤児院で、必死に勉強している子供の姿を見ていると、
先生方の愛情が子供達にちゃんと伝わっていて、すごくすごく深い絆で、
本当に家族みたいに繋がっているんだなと思ったのです。
ニランジャナスクールにはもう1度行きたいと思います。
:2008年9月
関西大学 秋吉香織
今の率直な気持ち。インド、ブッタガヤ、ニランジャナスクールに帰りたい。
ツアーに参加する前は再びインドを訪れられるという喜びの半面、
初対面の人と2週間一緒なんて大丈夫かな、スタディーツアーってなんか堅苦しいな、
などという不安もいっぱいありました。でも実際参加してみると同じ志しを持った人たちの
集まりですぐに意気投合することができ、このツアーを通じて大切な仲間に巡り合うことができました。
授業の準備や寄付についてのミーティングなど学校滞在中は日々勉強で投げ出したくなること、意見がまとまらないことへの苛立ちが募ることも多々ありましたが今振り返ると良い思い出。様々な人の意見を聞くことの大切さを知り、学校では決して教えてくれないとても大切なものを学べました。
ニランジャナスクールの人たちは大人、子供問わず本当に良い人ばかりで私のインド人
に対するイメージが覆されました(笑)先生方からは子供への愛情を強く感じ、
そして子供たちは皆本当に活き活きと、きらきらしていて思いやりの心に満ち溢れていました。
ツアーに参加する前は貧困地域ということで暗い雰囲気が漂っているのかな
と勝手に思ってしまっていましたがそれとは正反対。私たちよりよっぽど心が広く明るく笑顔で
、与えられるものがたくさんありました。
大学在学中に絶対またニランジャナスクールに行きたいです。
今回沢山のものを与えてくれた先生方、子供たちに恩返しがしたいです。
また、自分に日本でできることはきっとあるはずだからニランジャナスクールのためにできることを探して、
これからずっと支援していきたいです。ニランジャナスクール大好きです。
:2008年9月
龍谷大学 社会学部 4回生 上田智恵
スタディツアー参加の感想
はじめにまず言っておきたいことがあります。
それは、「インド」の感想と「ニランジャナ」の感想をはっきり分けて聞いて欲しい点です。
というのも、私は初海外にインドを選択しました。新聞でよく目にしていた「BRICs」
「IT大国」であるインドの首都は、高いオフィスビルが立ち並び、夜でも明るく、
品のいい人たちが行きかっているというのが私のイメージでした。しかし、
現実は想像以上に衝撃的で・・・。
道路がちゃんと整備されていないのでホコリっぽく空気が悪いうえに
独特のインド臭。交通ルールはあるのかツッコミどころ満載の車間距離や運転テクニック。
日本人と見ると寄ってくる物乞いや物売り。ゴミはそこら中に捨てられ牛や犬があさっている光景。
お湯が急に出なくなる、あるいは元から出る気のないシャワー。予約もしていない列車にズカズカと
乗って来て勝手に席を占領するインド人。神聖な牛につばをかけるインド人。神聖なガンジス河で体を洗ったり
洗濯をして明らかに河を汚しているだろうインド人。右を見ても左を見てもインド人。どこを見てもインド人。
正直言いまして、ぐっすりと熟睡できた日はありませんでした。どれだけ日本が安全で清潔か痛感しました。
かえるのようにひょこひょこと進む青年、ひざからピンクの身が見えていました。
駅で寝転がっている老人、あばら骨が浮き上がっていました。下半身が機能していないのか、
キャスターをつけた板にのって移動する少年。やけどを負った体を見せて物乞いをする少年。
声を大にして言いたい・・・「なんだこの国は!?」。ここがIT大国?これがBRICs?!
何が本物のインドなのか分からなくなりました。
ここまでだと私はインドを受け付けないかのように見えますが、
やっぱり合わないとおもいます。ストレスで1週間不正出血をだすほどだったので。
そんな私がもう一度インドに行きたいと思うのは、ニランジャナスクールのあるブッダガヤのみ!
です。ゆったりした雰囲気、自然、なによりニランジャナスクールの子ども達、
先生、スタッフの方々に癒されました。
勉強が大好きな子ども達はカメラを向けると嬉しそうに笑顔を見せてくれました。
私たちとあまり年が変わらない先生たちもカバディをするときは子どものように無邪気でした。
中でも一番心を打たれた事は、子ども達も先生もみんな自分より他人を思っている、ということです。
最初にスクールを訪問した時に、各学年からクッキーやお菓子をもらいました。
食べきれないのでどうぞ食べてと差し出しても「これは私たちの歓迎の気持ちだから」と言われました。
普段クッキーとか食べれないのにです。自分の生活も苦しいのに私たちのことを優先して考えてくれる先生との
ミーティングの時はこぼれそうになるものをこらえるのに必死でした。「貧しい人たちのために働きたい」
と考える子どももいました。生活は貧しくても心は豊かなニランジャナの人たち。
生活は豊かでも自分のことばかり考えてしまう私含め日本人の大多数。本当の幸せとは何なんやろ・・・
ニランジャナの星空を見上げ、家族や友人のことを思い出しました。
このツアーで、目には見えない多くのものを得ることができました。
当たり前のことに感謝して、周りに感謝する。インドに行けたこと、中味の濃い2週間にできたこと、
無事に帰ってこれたこと、家族、仲間、すべてに感謝です。
☆インドスタディーツアーに参加して☆
:2008年3月
東京学芸大学1年生 高浜牧子
今、この感想文を書くためにパソコンにむかってはいるものの、いろいろな思いが溢れてきて
何から書けばいいのかわからないというのが率直な感想です。
2週間のツアーの中で沢山の素敵な出会いがありました。
まず、一緒に旅をした日本人メンバー。
自分と同じ価値観や考えを持っている同年代の仲間に出会えたことが本当に嬉しかったです。
またメンバーの中には70歳の男性、30代の女性もいらっしゃって
自分達には無い別の視点からの新鮮な話を伺うことができました。
そして、二ランジャナスクールの先生方と子供達。
インド人は自己主張が強いだとか、約束を守らないだとか日本にはインドに対していろいろ偏見がある気がしますが、
私が今回のツアーで出会ったインド人はみんな優しくてユニークで好奇心に溢れていて、魅力的な方たちばかりでした。
ゲストハウスのスタッフも旅行会社の方も、細かい部分まで気を配って下さいました。
こういう人ばかり章代さんの周りに集まるのは、やはり章代さんの人柄の力も大きいだろうと思います。
もしくは章代さんのまっすぐな思いが周りを変えているのかもしれません。
自分がスポンサーをしている女の子に会えたことも本当に嬉しかったです。
勿論インドでは多くの物乞いの子供達、老人たちにも出会いました。
何もすることはできずただじっと目を見てSORRYとしか言えませんでした。
正直なところ、私思っていたほど心を痛めていない自分にショックを受けました。
日本人としてインドにいると手を差し出す人がいることがあまりにも当たり前で、
日常として受け入れてしまっていたのでしょうか。
しかし、日本という物質的に満たされた国に帰った今、
インドで出会った物乞いの人たちの顔が今さらになって何度も目の前にちらつきます。
私は直接彼らを助けることはできないけれど、
せめて無駄な消費は慎んで、毎日帰る場所と食べるものがあることへの感謝を忘れないでいようと思います。
今回のツアーでは、「ただのゲストで終わりたくない。
このツアーを意味のあるものにしたい。」というメンバー共通の思いがあり、
それぞれが課題を掲げてさまざまな調査、インタビューを試みました。
とても意味のあることだったと思います。
私は二ランジャナスクールのクリニックについてのインタビューを行いました。
何が足りないのか、現状はどうなっているのかだんだんとわかってきました。
これからデータをまとめ、章代さんに送る予定です。
少しでも具体的でよりリアルな情報を公開することで支援者も増えるのではないでしょうか。
二ランジャナスクールの先生方、関係者の方々は、
自分たちの生活もぎりぎりの状態である筈なのに、
常に心のこもった温かい対応をして下さいました。ジープでの送迎、
食事の世話、体調への心配り、危険への配慮、何から何まで頼りきりで感謝と申し訳なさでいっぱいになりました。
彼らの優しさに甘えてばかりいるのではなく、私も何かを返したい。日本からのお客様ではなく、
同じように子供たちを愛し、二ランジャナスクールを発展させていく仲間の一人になりたい。そう心から思いました。
私は今ちょうどスタートラインに立ったところだと思っています。
これから日本で、今回の旅で感じたこと、
見たことを自分の言葉で伝えながらもっと広く二ランジャナスクールを知ってもらい、
支援(という言い方は好きでないのですが)
を呼びかけていきたいと思います。
ここには書ききれない複雑で悲しいさまざまな事情があり、
二ランジャナスクールは本当にあらゆる面でぎりぎりの状態です。
先生方も章代さんもシッダルタも命をかけて働いています。
今、スクールの一日も早い自立が急がれています。
お金、お金と言いたくないけれど、スクールが村人たちの手で永久的に運営されていく、
その基盤をつくるためにやはり、まとまったお金が必要であることは事実です。
パンフレットを配る、メディアに紹介する、物資を送る。
私は学生である今の自分にできる精一杯のことをやっていきたいと思います。
その際、私が何をしたいか、ではなく彼らが本当に望むことは何なのか、
ということをいつも大事にしていきたいと思います。彼らの守ってきたもの、
大切にしてきた習慣、文化、そういうものを私も同じように尊重し、
大切にしていかなくていけないし、そうしたいと思うのです。
そして一日も早く海外からの支援がなくても彼らが彼ら自身の手で生活を営んでいけるようになることを心から願います。
そして、子供たちや先生と約束した通り、必ずまたみんなに会いにいきたいと思います。
私は彼らに嘘をつきたくありませんし、今回の出会いを一度きりの思い出の中に埋もれさせたくないのです。
私はこれからも、何らかの形でずっとずっと彼らと繋がっていくつもりです。
支援とかボランティアとかそういうこと抜きにして、友達として人間として、
彼らのことを大好きになってしまったから、どうしても会いたいのです。
インドに行くには多額のお金が必要です。インドに行く余裕があるならばその旅費をスクールに寄付するべきだと言う人もいるでしょう。
本当に彼らの力になりたいならそうするべきだ、と。それは正しいかもしれません。
でも、私は自分の好きなことを犠牲にしてまで寄付をする必要はないと思っています。
私は一人の学生にすぎません。二ランジャナに関する活動は仕事ではないし、
誰かに強制されているわけでもありません。自分が喜んでできる範囲内でやっていこうと思います。
だから私は人に支援を強制することは絶対にしたくありませんし、しないつもりです。
二ランジャナスクールやインドの子供たちについて知ってもらうきっかけを作ること。
そこまでが私にできることであって、そこから何を感じどう行動するかは個人の自由です。
私は小学校の先生になりたくてこの大学に入りました。
このツアーを終えた今、自分だけの幸せを追求するのではなく、
もっと広い視野をもって生きることの大切さについて考えるきっかけを日本の子供たちにつくっていくことが
教師として私にできることであり、役割なのではないかなと感じています。
私は今迷いが無くなり、自分のやりたいことがはっきりわかってとても幸せです。
今回のツアーに関わる全ての方たちと、心配する気持ちを抑えてインドへ送り出してくれた家族に心から感謝しています。
ありがとうございました。
:2008年3月
東大阪大学3回
「サヨナラではなくピルミレーンゲ」
キラキラ光り輝く目!パワフルな力!純粋で正直!
そんな素晴らしいものを持ち、そして第一に思いやりの心を大切にしている。
そんな素敵なニランジャナスクールの子どもたちに出会った。
スクールの門をくぐった瞬間に鳴り響く子どもたちの声。
それは、ヒンディー語!?かと思いきや違う。英語?・・・違う・・「おはようございます」
そう、日本語で私たち出迎えてくれた。子どもたちはお祈りの時間をとても大切にしていた。
今ここにいる事を誇りに感じ、感謝しているという気持ちをこめて手を合わせ、
目を閉じてお祈りしているあの姿は忘れることができない。
私は以前から貧しい国の子どもたちと触れ合い、
教育や貧困について学ぶことを夢にみてきた。
私にとって、このツアーは夢の実現でもあった。
子どもたちに自分が訪れて何をしてあげることができるだろうか?
また、ニランジャナスクールはインドで最も貧困が深刻と言われている州に位置しているため、
子どもたちの笑顔も少ないのではないか?
私たち日本人が訪れても歓迎されないのではないか?
正直そんな不安な思いのまま訪れた。
しかし、私の不安な思いなど、すぐに飛んでいった。
子どもたちは広く大きな青空の下で太陽のような笑顔で笑っていた。
私は何を考えていたのだろうか・・と情けなくなった。
私たちが準備した授業どれもすごく興味を持って受け、
熱心に聞き参加してくれた。
勉強することが大好きで、
教育を受けることが当たり前でないことを十分に理解しているからこそ、
一生懸命机に向かって文字を書き続けていた。
数少ないペン、ノート、教科書は彼らにとって本当に宝物であると思う。
唯一の勉強道具であり、夢を叶える為の道具でもあるから。
そして子どもたちの本当に楽しそうな笑顔を見ることができたのはホーリーである。
ホーリーとは日本で言うお正月みたいなものであり、
この日は身分差関係なく染色の粉や色水をかけ合うお祭りである。
私たちは孤児たちとホーリーを祝った。
子どもたちはいたずらっ子のようにはしゃぎ回り、容赦なく私たちにも色水をかけてき、
気づけば見えない絆が生まれているかのように一緒に笑い合っていた。
その時私は、子どもの笑顔は世界を救う。強くそう思った。
孤児の子どもたちは片親に育てられた子が多く、貧しい生活を送ってきた子も多い。
孤児院に来たときは悲しく、どこか寂しそうな顔をしていたそうなのに、今は本当に孤児たち皆、心から笑い合っている。
しかしその背景には、大きな愛で子どもたちを包み込んでいる先生という存在がある。
本当に先生たちも心温かく親切で、子どもたちを心から家族のように愛していることが分かった。
お別れの日、夜空は満点の星。まるで子どもたちの笑顔のようにキラキラ輝いていた。
ニランジャナスクールの子どもたちに出会えたこと。
それは私にとって人生のスタートライン。ここから、学んだこと、得たことをこれからの人生で活かしていきたい。
そして離れていても、日本で出来ることはたくさんある。そのことにも気づくことができた。
いや、きづかせてくれたのである。
私はそんなことを気づかせてくれた子どもたちに「ありがとう」という言葉を送りたい。
見失いかけてた大切な何かを見つけることができた。
だからそんな子どもたちに最後は「サヨナラ」ではなく
「ピルミレーンゲ」と言い、また必ず帰ってくることを誓った。
日本という平和な国に生まれ、何不自由なく育ってきた私にとって、
インドは地球が引っくり返ったかのように真逆の国に見えました。
交通整備が整っているわけでもない。
お金が十分に足りているわけでもない。
ご飯が毎日必ず3食とることができるわけでもない。
しかし、彼らインド人はなぜか幸せそうに笑い合い、たわいのない話で盛り上がり、
1聞けば10返ってくる。そんなインド人が私は大好きだ。
きっと何か日本人に足りない何かを持っているからであろう。
愛というものの大きさに気づき、愛することの大切さに気づけた旅であった。
これはたくさんの人との出会いによって気づけたと思う。
これからも私はニランジャナスクールと関わっていきたい。
たくさんのことに気づかせてくれて、元気をもらえたからこそ、
恩返しをしたい。そのために伝えたよ「ピルミレーンゲ」
:2008年3月
神戸薬科大学 2回
2008年春のツアーに参加してきました。日本に帰って2日経って、思うことは早くインドに帰りたい。
もっと子供たちの笑顔に囲まれていたい。
たった2週間の旅だったけれども、
子供たちに授業をして、一緒に遊び、子供たちや学校の調査、村人との教育についての話し合い、
極貧の村に訪問しての話し合い、など一日一日が物凄い濃くて、毎日色んなことを考えずにはいれませんでした。
インドに行って、ニランジャナスクールの子供たちに会ってから、
私の心の中にずっとあるのはスジャータ村の人たち、
子供たちのキラキラした目、笑顔。子供たちの笑顔を見ると私も笑顔になれたし、
元気になれたしこれからもそうだと思う。
どうしてあんなにキラキラしているのか考えていた。
私なりの答えは、子供たちは本当に純粋で、素直にまっすぐ生きていて、
常に一生懸命だからじゃないかなって思いました。そして笑顔の源は、先生たちの愛だと思う。
孤児の子達は親がいなかったり、離れて暮らしていて寂しくないはずがない。
でも、先生たちが親の分まで愛してあげているからあんなに幸せなんだと思う。
先生たちが親で、周りにいる孤児たちが兄弟で、大きな家族ができているんだと思う。
本当の愛を今回のツアーで感じることができた気がする。
インドにいる間、毎日楽しくて常に笑っていれた。
本当に多くの素晴らしいものをたくさんもらった。
こんなに素晴らしいものをもらったのに、私は彼らに何か与えることはできたのだろうか。
私は親も、十分な食べ物も、お金も、あるのに、心は彼らよりだいぶ貧しい気がする。
人を思いやる気持ち、本当の意味で愛する気持ち、私にはかけていたと思う。
でも自らその気持ちに触れたことにより、気付けた。
だから私もニランジャナの先生たち、
子供たちがくれた愛情・思いやりを今度は私が周りの人に与えていければと思います。
そして、これからもずっとニランジャナに関わっていきたい。
力になっていきたい。そのために日常生活で、
自分に何ができるのか考えて行動していきたいです。
まずはより多くの人に、知ってもらえるように、自分の見てきたこと、
感じたことを伝えていきたいと思います。
最後に今回の旅で色んな出会いがたくさんあって、そのすべてに感謝しています。
ツアーメンバーからも多くのことを学ばさせてもらいました。
これからの考え方、生き方に大きな影響をもたらしたすばらしいこのスタディーツアーに感謝でいっぱいです。
また必ずニランジャナスクールに帰ります!!
今度は私が何か彼らのためになりたいと思います。
:2008年3月
大阪大学 外国語学部 国際文化学科
開発環境専攻 専攻語ヒンディー 二年
ニランジャナスクールの子どもたち、特に孤児院の子どもたちは、
ごく自然に人を思いやることが出来ます。偽りの無い笑顔を向けてくれます。
みんな勉強熱心で、子どもたちから学ぶ所がたくさんありました。
そして、そんな子どもたちを教育する先生方もキレイな心と瞳の持ち主で、
子どもたちの為に悩み、一生懸命尽くそうとする姿に、私もかなり影響されました。
子どもたちは、それぞれの夢と可能性を持っています。
日本の子も、インドの子も、アフリカの子も…本来はみんな同じように夢と可能性を持っているはずなんです。
今まで生きてきた環境や経てきた辛い経験が、夢を抱く事を諦めさせているかもしれない。
孤児の子どもたちも以前はそうでした。でも、周囲に支えられて、彼らは次第に笑顔と夢を取り戻し始めました。
子どもたちの夢を応援し、可能性を見出すことが出来るのは、私たち大人なんです。
そして、そんな大人になることが私の夢である、と再確認できたスタディーツアーでした。
:2007年9月
名古屋大学医学部医学科4年
9月5日からニランジャナスクールを訪問させていただきました。
ありがとうございました。
医療へのアクセスがあるかないかというのは、
「貧困」か否かを決めるとても大きな要素のひとつだと思いま
す。
その点で無料診療を、しかも週3回で行うというのは、
本当に大きなことだと思います。
機会がありましたら、また是非訪問させていただきたいです。
そのときにはなにか自分に提供できる技術や知識がひとつでも
あれば、
お手伝いさせていただきたいと思います。
学校の都合もあり、滞在できる期間が当初の予定より短くな
ってしまい、医療関係の事について見せていただく時間がなく
なってしまいました。せっかくそのような機会をご用意してい
ただいたのに、申し訳ありませんでした。また、イン
ドに行く機会があれば是非訪問させていただきたいと思います
。(今回、初めてのインドでしたがすっかりはまってしまいま
した。)
子供達の楽しそうな姿や、真面目に勉強している様子が印象
的でした。自分の小学生のころより遥かに静かで、皆熱心に勉
強をしているところに少しショックを受けました。
また、学校にきれいなトイレがあるのを見てとても驚いたの
ですが、しかし日本でそれは当たり前のことです。そこで驚い
た自分を省みてはじめて、日本とインドの衛生環境のちがいを
当たり前なものだと思ってしまっている自分に気がつきました
。
私が医学生だという話をしたら、衛生環境とか病気について
のアドバイスを求められたのですが、試験を乗り切るための勉
強しかしてこなかった私には何一つ有意義な話をすることはで
きませんでした。今度訪問させていただく機会があれば、学校
や地域に少しでも貢献できる知識や技術を持っていけたらと思
います。
このような機会をあたえていただいて本当にありがとうござ
いました。
:2007年3月
奈良大学 文学部 文化財学科 3年
2007春のスタディツアーに参加して一番感じたこと、「それは自分とはどういう人間なのか」という事です。
22年間日本で暮らしてきた私にとって、インドでの10日間は非日常的であり、かえってそれが自己を見つめるキッカケになりました。
ツアーに参加する前は、孤児=可哀想というイメージであったし、教育が不十分なインドの児童達に私達の授業が分かるかな?という疑念がありました。 しかし実際は、孤児達は1日中元気で、誰一人悲しみを訴える事はありませんでした。私達と触れ合っている時の孤児達のあふれんばかりの笑顔は、太陽の光のように眩しくて忘れる事ができません。ただひたすら前を向き続けている生の力を感じました。 また、授業を理解してくれるだろうかという不安も一瞬にして消えました。自立をテーマにした男女混合のグループワーク。児童にとって初めての試みなので、スムーズとはいかないまでも、児童達は自主的に動き、各グループの作品に個性が生まれるなど、私が想像していた以上の授業ができました。私は孤児やインドの児童達を先入観で判断していた事にショックを受けました。平和ボケなのか、変な先進国意識なのか。どっちにしろ不のイメージで捉えてしまう私を変えねばと心に誓いました。
物乞いやマザーテレサの家(プレムダン)で生活している人を見たとき、胸が締め付けられる思いに駆られ、目を背けてしまう事もしばしばありました。私の心の弱さからきているものかもしれないと感じています。その人達を自分と一線を画してみているようで、差別をしているようで自分が嫌になりました。
章代さんは物乞いに話し掛けられたとき、目を背ける事なく、力強い眼差しでただただ物乞いの目を見つめていました。章代さんの表情は、自分に何も出来ない事を悔やんでいる様でした。
私も目を背けてはいけない。自分の目に映るすべてのものに対して本気で向き合ってこそ、その先にあるものが見えてくるのだと感じました。
カーリーテンプルでの山羊の首を跳ねる儀式も壮絶で、涙が止まりませんでした。今まで私が食べてきたすべての生あるものへの感謝の気持ちでいっぱいでした。彼女と共にベジタリアンになろうとその日のうちに誓いました。
もちろん旅は笑いが絶えませんでした。参加者がお互いツアー中のニックネームを付け呼び合うなど、和気あいあいとしたツアーでした。ツアーを通して新たな人間関係が築けましたし、意見交換をしてあぁなるほどと分かち合えることでさらなるニランジャナの発展に繋がるものと確信しました。
私はこれからもニランジャナに関わり力になり続けたいと思っています。そして一人でも多くの人がニランジャナの学校を訪れる事を願っています。
:2007年3月
武蔵野大学1年
感想
インドから帰ってきて今考えるとインドと繋がってたんぢゃないかなって思う。なぜかと
いうと昔親から聞かされたインドの話、なぜか興味を持って読んだインドの本や聞きに行
った講演会とか。多分行く運命でした(笑)
インドに行くまでのイメージはかなり悪くて本当にそんな国なのかっていうのを実際見て
みたかった。でも行ってみたらイメージとは全然ちがくてかわいい子供達や優しい人もた
くさんいた。どこの国でもまた行きたいとは思うけどインド(スジャータ村)は何か違う。
すっごく行きたいと思う+その思いが強い?深い?気がする。今はまだその理由が分から
ないから夏また行った時にこの疑問を解決出来たらいいなと思う。
:2007年3月
同志社大学1年
*授業報告*
私は今回ニランジャナスクールでは三日間に渡って紙芝居や簡単な劇を交えて「保健衛生」の授業をした。メンバーのみんなが面白いアイディアをたくさん提供したり、下準備にすごく協力してくれたので授業は大方成功したと思う。一番心配だった言葉の壁も、プリンシパルが英語からヒンディー語に非常に真剣に訳し、子供たちに話してくれたおかげでみんなもしっかり聞いていた。プリンシパルの謙虚で新しいものを柔軟に吸収していく熱心な姿からも学ぶものが多かった。
ただ、ホーリーのため学校がお休みだったり、予想以上に時間がかかったりで授業が駆け足気味になり最後らへんは余裕がなく、一方的にこちらが指示することが多く、今回のもう一つの授業テーマでもある子供たちの「自主性」「自立性」を活かせなかったのも反省点である。またグループ作業の時は小さい子供ほど活発にみんなで意見交換していたように思うが、高学年になればなるほど女の子が仕切って、男の子はあまり積極的ではなかった。
しかし良かった点として、これは最初から私達が予想していたものではなかったけれども、自主性を活かすグループディスカッションなど日本の教育のスタイルそのものがインドではまだなじみが薄く、先生たちにも新鮮だったようで、先生にも影響を与えられたのではないだろうか。今後の授業に活かしてもらえると嬉しい限りである。またグループでポスターを書いてもらったときに去年のツアーの授業でやったゴミ問題の絵も描いてくれているグループがあり、前回の授業内容もしっかり根付いているようで嬉しかった。
しかしインドにはゴミを処理するシステムがなく依然町はゴミで溢れていて衛生的にも良くないし、見ていて心が痛かった。次回は実際に子供たちとゴミ拾いなどをやり、子供の反応も見てみたい。
今回ガヤ市内で児童労働工場を見学したけど、児童労働は教育の機会を奪い、結果として仕事に就けないという悪循環を生み出している。
今回私は日本人として複雑な気持ちになった。なぜなら私たち日本人は児童労働のような“安い労働力”を通して例えば100均などで物を安く購入している。ということは実は自分は児童労働させる側の人間なんじゃないのかと。そう思うと悔しかった。だからインド特有の問題なんじゃなくて、その問題に自分も深く関わっているという認識をもったし、複雑な世界システムに驚いた。だから改めてもっと積極的に「貧困」という大きな問題に取り組んでいこうと思う。インドの貧困を解決しようと思うことは日本を変えていくこととイコールにもなる気がしている今日この頃です。すごく大きなことだし、とても一人では無理。その時土台となるものがやはり「教育」なのだろう。教育は強制するものではないけど人間の視野を必ず広くする。その中で子供たちが自分で考え選び取っていく。一人ひとりの意識が変われば必ず行動も変わる。
インドから帰国して、ちょっぴり寂しいけど日本でしかできないことあるし、何より子供たちの笑顔や、村の人々、ニランジャナ関係者との会話に励まされながら頑張って行きたい。
:2005年9月
日本女子大学 人間社会学部
現代社会学科4年
*各児童への聞き取りインタビュー調査を終えて*
今回の調査にはいくつかの疑問点が残る。
ひとつは、調査が第3者の視点を徹底できなかった点。これには言葉の壁がある。
英語からヒンディの通訳として学校の教師が仲介するため生徒が緊張してしまい、
質問に正直に答えているかが疑わしかった。もうひとつは調査にかけられた時間が非常に短かった点。
そのため、生徒が学校に通うようになったいきさつなどをほとんど本人から聞き取ることができな
かった。調査は項目にそって単調になってしまった。こちらの滞在期間が4日間ということが主な原因
。もっと日程を割いて取り組むべきだった。
*3万円の行方*
今回、日本の中高の教師によって中高生向けのイベントが開催された。
その収益金の一部(3万円)が私たちの学校訪問に使って欲しいと寄付された。
私たちの今回のインド旅行は「元気地球ネット」というNPO法人のひとつの企画として行われている。
そのため、ゲンタマの活動を書籍などで知った先生たちが寄付してくれたのだと思われる。
3万円はすぐに以下のものになった。
・蚊帳マット(5枚)
・ノート
・鉛筆
・黒板(小)
・チョーク
・ベットシート
・枕カバー
・バケツ(大小4つ)
・タオル
・制服
・消しゴム
恒常的に物が不足しているように感じた。
これら学校で使う多くのものは消耗品であるため、
生徒数を考えると調達する速度が追いついていないような印象を受けた。
また、楽器や絵の具、本など、子供の感性を育むようなものがもっとあったら楽しいかも・・・・
と個人的に思った。
*授業について*
教室が暗いので電気が通ると孤児たちが夜宿題をするにもやりやすい。
ランタンの明かりはかろうじて文字が見える程度だった。
でも、電気の供給状況が悪いのはインド全土の問題のような気がする。
インド政府はメトロの工事する前に電気と上下水道とゴミ処理場の整備をどうにかしたほうが
いいのでは・・・。あ、政府批判にそれました。
先生が少ない気がした。
一人の先生が担う教科が多いので、
特にシニアでは各教科の丁寧さがどの程度確保されているのか気になった。
現地で先生を育成するような学校ができればいいのにな・・・と思いつつ、
しかし一体どうやって・・・とその問題の大きさに想像が及ばなかった。
しかし、とにかくお金。スポンサーが必要だということを強く感じた。
年間定期的に一定規模の収入があれば、もっと計画的に施設の増改築や備品の調達もできる。
きっとそれが本当に壁なのだろうと感じた。シッダルタさんが、
田んぼの真ん中で涙をにじませていた。私と野手君もつられて、3人でめそめそ。。。
日本で海外支援のためにお金を使いたいと思っている法人はきっとあるはず。
企業の社会的責任とか、イメージアップのために福祉事業に投資する会社を何社かスポンサーにつける
とかできないのだろうか。そのために動く日本のスタッフの必要性を感じた。
子供たちの笑顔には国境や人種なんて存在しない。一つ一つがその国の将来。
可能性。それが軽視されている現実。国の富の大半を稼ぎ出す一部の人たちの
ために作られていく国。中央集権体制で統治するには規模が大きすぎる国土・人口。
分権にするには複雑すぎる人種・宗教。どこをとって「インド」といって良いのかわからない。
率直な感想。
:2005年8月
立命館大学 政策科学部 3年生
今回のインドの旅で、私は素敵な出会いをブッタ・ガヤーで
することができました。
それは、ニランジャナに通う子供たちとの出会いです。短い滞在ではありましたが、
子供たちと色々話もでき、とても実りの多い経験ができました。
: 日本に帰ってきても、一番はっきり思い出せるのは、子供たちのキラキラした笑顔です。
学校が大好き!勉強が大好き! と笑顔で語る彼らには、強いパワーみたいなものを感じました。
日本とは、かけ離れた環境で生活している彼らだからこそ、持っているものなのかもしれません。
また、インド訪問の際は、是非ブッタ・ガヤーの子供たちに会いに行きたいと思います。そして、今回は日本の歌や言葉を教えたりするくらいしかできなかったので、次は、もっと子供たちの実になることを考えたいです。
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