ニランジャナスクールのロゴ

Niranjana
Sewa
Sanga

School for poor children in Sujata village, Bodh-Gaya, INDIA
インドの貧しい子どもたちのための学校&孤児院を支援するNPO

==========ニランジャナセワサンガ(NPO)==========
〒550-0014大阪市西区北堀江1-3-7倉商ビルB1F
インドレストランShama内 TEL/FAX:06-6536-6669
===========================================

ニランジャナスクール
とは?
最新ニュース
ブログ
スタディツアー
インドでボランティア
どうやって
支援する?
学校訪問
歓迎!
お問合せ
アクセスマップ
インドレストラン
Shama
photo
photo
ニランジャナスクールとは?
貧富の差と食糧危機
農業と出稼ぎ
医療〜村々の巡回診療〜
孤児院
運営費の問題
学校を支援する!
私たちに何ができる?
スタディツアーに行こう!
シニアツアー
学校を訪問する!
創設者 シッダルタ クマル
自立に向けて
奨学金プロジェクト
学校給食
写真集
井戸を寄付する!
救急車を寄付する!
リンク集
サイトマップ

〜訪問者の感想〜



=====インドスタディツアー2011夏=====

 関西発 大学4年 奥村杏奈

 この旅を一言で表すと、「最高!刺激的・衝撃的」でした。インドに行くと「もう行きたくない」と思うか「また行きたい」と思うか分かれると聞いていましたが、私はどうやら後者のようです。また行きたいと強く思えるのは、ただインドが好きになったというわけでなく、このツアーで出会ったすべての人がいてくれたからだと思っています。ニランジャナトラスト代表のシッダルタさんをはじめ章代さん、引率をして頂いためぐみさん、現地で出会った子供たちや先生、ツアーメイト。この場をかりて、心より感謝申し上げます。
 日本では当たり前にある食べ物、学校、インフラの整備・・インドではまだまだこれからという地域がたくさんあります。日本人がどれだけ恵まれた環境にいて、それを活かせていないかを痛感しました。ニランジャナの子供たちは日本と比べると決して環境に恵まれてるとは言えない中で、大きな目標を持って毎日を大切に過ごし、勉強ができることに感謝しながら常に貪欲に取り組んでいます。そんな目をキラキラさせた子供たちと触れ合う中で、真の心の豊かさを感じたように思います。だからこそ、そんな子供たちの成長を見守っていきながら私自身も負けないように頑張らねばと思え、また会いたいと強く願わずにはいられません。  
真の国際協力とは何か、今の私に・これからの私にできること、すべきことは何か。まだ答えは出ていません。しかし、この出会いは何かの縁。ずっと向き合って考えていこうと思っています。
 就職活動中ということもあって参加するかどうか迷いましたが、やっぱり参加してよかったです。本当にありがとうございました。


山口 桃代
夢に見た、ニランジャナスタディツアー。私が二ランジャナの里親制度を通じ『シャムナンダン』のサポートを始めたのは3年ほど前。日本では仕事で忙しく、15日間の休みを貰えるわけがない、シャムナンダンに会う夢はいつ叶えられるかと思っていました。
3・11の東北大地震。日本を揺るがした大地の変動、私自身、本当にやりたいこと、自分にとって大切なことは今やるしかないんだな、と考えさせられるきっかけを与えてもらいました。会社とも相談、ツアーへの参加が現実のものとなりました。

ツアーへの参加は双子の妹と参加。姉も母もこのツアーへの参加経験があった為、様々な事前情報は聞いていましたが、やはり自ら経験するインドは刺激的!!長時間のフライトに疲れるどころか、空港に着いた瞬間から街の風景に興奮し、これから起こる体験・人との出会いに無性にワクワク・ドキドキしている自分がいました。

念願のニランジャナスクールに訪れ、全生徒が歓迎をしてくれました。何故か訳もわからず、涙がたくさん出て来ました。やっと会えたなぁという思いと、子ども達のキラキラと輝く生命力と・・・その場のパワーにウワァーっと湧き出るものがありました。子ども達は新しく出会う私達に本当に力いっぱい歓迎し、甘え、自分を表現することに全力を注いでいました。貧困の中、『今』を生きる力が自然と身についているのかなと感じました。いつも頭で色々考えすぎている私に気づかせてくれて、全身を癒されたような気分でした。
孤児院ではサポートをしているシャムナンダンとの対面。初めてとは思えないほど自然と話ができ(私は英語が本当にできませんが)、子ども達は皆、スムーズに話はできなくても、素直でパワーいっぱいで、でもびっくりする程大人な部分もある孤児院の子ども達。一人ひとりの人柄・個性に触れられました。初めは自分の英語に自信がなく、コミュニケーションが取れるか不安でした。でも、子ども達はそんなのおかまいなし。おもしろおかしく、ずっと爆笑。そんな日々でした。
先生になろう!の授業ではメンバーがそれぞれ考えた授業。本当に内容の濃いものばかりで、生徒達も興味津々。日本から伝えるものは全てが新鮮に思えるんだろうと思います。
私は『布ぞうり』を教える授業に挑戦。日本にいる間からメンバーと一緒に事前練習をしたり、ミーティングをしたり。始めてのインドで初めての授業体験。不安も多い中、出発前からメンバーと交流できるのもこのツアーのいいところだな、とつくづく思いました。皆とっても協力的で準備もばっちり・・・でない部分もありましたが、結構な困難もありながら、それを皆で乗り越え、正直皆に迷惑かけまくり、しんどい思いもあった!けど、生徒や先生方にも喜んでもらえたこと。しんどかったからこそ、思い出も本当に深く残りました。その分、生徒さん達にも手こずった私達の授業、印象的に心に残ったんじゃないかな?そう願います。

そしてツアーの中でも印象に残る貴重な体験。ニランジャナスクールのある村よりももっと貧しいといわれるニーマ村というところへ村人との交流で訪れた時。 ここは大阪の学生団体BEAMが最近学校を建てたばかりの村。教育もまだまだ行き届いていない村。言葉は通じないけど、学校ができたことに本当に感謝の気持ち、幸せを感じているように伝わりました。お互いに質問をし合う場面で、私が聞いてみたかったこと。「幸せと感じる時は?」という質問に対し、「今までは幸せが何かもわからなかった。感じなかった。学校ができたこと、子どもが教育を受け、それを家族に教えてくれる。初めて幸せを感じた」予想にもしなかった回答に、混乱する気持ちもありました。
そして逆に村人から質問されたこと「なぜあなた達は私達を助けてくれるのですか?」改めて聞かれると、不思議な気持ちになりました。私は「あなた達も家族と食べ物を分け合うように、日本人である私達も恵まれているものを分け合おうという気持ちだと思う」と答えました。でも、本当にそうなのか?自分の中で、日本人の方が上と見ている気持ちは無意識の中であるんじゃないか?今でも疑問に思う部分です。 でもそんな自分がいたとしても、日本では考えもしないこと、考えもしなかった人たちに出会うことで、未知の自分とも出会え、確実に人間としての視野が広がったように思います。自分の見たくない部分、それも受け止めることで、大きくなり、人と助け合うことに自然と取り組むことができるのかもしれません。
そしてメディアなどで見ていた貧困地域のイメージとは違う人々。一生懸命で明るく、楽しく、音楽が大好きで、時にはずるがしこく、人間くさくて笑ってしまう。悲壮感は感じません。
一言では言い表せないインドの旅。でも確かに自分自身前進して、あらゆるものへの執着を捨て、自由になれるそんな旅になったように思います。
またニランジャナスクールに戻ってきたいと強く思います。そして、孤児院の子に「もっと英語勉強しなさい」と言われたので、初心者英語から頑張ろうと思います。(でもツアー中に結構上達したんです。) また、皆で踊り狂って、最後には笑顔で泣いてさよならして、「またねー」って今度も言いたいです。
I love Niranjana school !素敵な出会いを作ってくれたシッダルタさん・章代ちゃん・めぐみちゃん、出会ってくれた皆さん、本当にありがとう!一緒に楽しい未来へ向けて、歩き出せそうです。



ニランジャナスタディーツアー2011夏 感想
小川眞朋
「インドには、呼ばれて行くんだよ」 そう聞いたのはいつのことだっただろうか。そんなことってあるのか、と軽く相槌を打っていた。 それでも、いつか行きたいなぁとぼんやり思いつつ、お決まりの大学生のルーズさでなかなか踏み込めずにいたインド。 そこで出会ったのがニランジャナスタディーツアーだった。
思い返せば、他にも山ほどあるスタディーツアーの中からニランジャナのパンフレットを手にしたこと。 それはなにか運命的なものが働いていたのではないかと(勝手に)思っている。
15日間の団体行動。孤児院・学校での子供たちとの交流、自分たちで行う授業、インドの寝台列車、世界遺産、マーケット巡り…。 最初は全てに対して不安でいっぱい。しかし、それ以上に期待にあふれていた。
私がこのツアーで特に感じたことは、「向き合う大切さ」。 現地に行き、人々に触れ、五感でその場の空気を感じること。 それは当たり前のようで難しく、様々な情報にあふれかえった今の社会で最も大事なことなのだ。
私は確実にインドに呼ばれていたと思う。この旅で私の中の何かが変わった。 子供たちの笑顔、笑い声、真剣な眼差し。高い向上心、深い愛情を持つ大人たち。 日本に帰ってきてからも、ブッダガヤにある小さな村の小さな学校に想いを寄せる日々。
私に一日一日を大切に、精一杯生きることを思い出させてくれる。
15日間という短い時間の中で、期待を遥かに超える素晴らしい出会いと経験ができた。
一人では決して叶わなかったこと。このツアーで出会うことができた、たくさんのひとに感謝を。

本当にありがとうございました!


山田真有
本当はここに書ききれないほど子供たちとの日々の思いでがたくさんあるのですが、いったん文章にまとまってしまったので送ります。(笑)
初めてのインド。インドと言って想像することはカレー、ナン、辛い、暑い、サリー、ナマステ…(笑) そして最近大学の授業で見た「インド経済の発展」のビデオの中のIT企業だった。 一方でこのツアーで行くのはインドでもっとも貧しいと言われているビハール州。いったいどんなふうに混在しているのか、想像もつかなかった。
実際に行ってみると、首都のデリー(正確には今はニューデリーだけれど)は思ったより小さいお店がごちゃごちゃしていて、人とリクシャーでごった返していて、さすが人口大国!といったところ。あのテレビのIT企業はどこ!?と最初は思った。しかしいろいろ移動を繰り返しているうちに、すごく立派でぴかぴかな建物の隣に、屋台でバナナやサモサなどを売っている人々や土の道、個人商店の並んだ通り、物乞いをする子供がいることに気がついた。 そんなこんなで孤児院と学校のあるブッダガヤに着いた。最初は本当に不安だった気がするけれど、今となってはあの毎日がとても懐かしくて、本当に恋しい。今から思い出したことをありのままに書いてみる。
村の人々は「ナマステー。」と言うと「ナマステー」と返してくれる。 毎日ゲストハウスからドミトリー(孤児院)へはジープ3台がお迎えに来てくれる。ムキアさん、スレンドラさん、ラマシースさんだ。私たち14人はそれぞれ適当な車に乗り込み、大きなニランジャナ川に架かる大きな橋を渡る。今の時期川の大半は干上がって地面がむき出しで、ススキや背の高い草があちこちに生えている。村に入るとじっとこちらを見つめる子供がいたり、手を振ってくる子供たち、「おはようー」と話しかけてくる子供たち。赤ちゃんを抱いたお母さん、牛、犬…。帰国して1週間がたつのに、本当に今朝のことのように思い出せる。 ドミトリーから学校へは歩いて1,2分。ドミトリーと学校の間の道ではいろんな子が話しかけてくる。「Good morning! What’s your name?」私は名前を答え、「英語がうまいね」と褒めると、「だってニランジャナスクールに通ってるから!」とはにかみながら言った小学校低学年ぽい女の子を今でも思い出す。「こんにちはーお元気ですかー?」という日本語と共に自転車で走り去っていった男の子もいた。こんな会話は本当に毎日あちこちで繰り広げられていて、あそこの子供たちはみんな本当に生き生きしている。
ニランジャナスクールではヒンディー語(国語)、英語、サンスクリット(古典)、数学、科学、社会、などがある。私が聞いた中では数学、科学、社会科学を好きな子が多かった。私たちは今回クラス6でミサンガの作り方と格言(ことわざ)を教えた。このクラスではミサンガは90%以上の子供が作ったことがあることが担任のラケッシュ先生との授業打ち合わせでわかり焦ったが、まだ知らない編み方を教えてあげることができた。経験値の違いか、ドミトリーの子は初めての編み方にもかかわらず、やっぱり上手いし、早い。先にできた子にはまだできてない子に一緒に教えてあげてと頼むと率先してやってくれる。本当に頼もしい。格言の授業では、日本からプリントを持って行った。授業はまず、’Do you know any proverb?(ことわざで、何か知ってるものある?)’というところから始まった。英語の理解度には差があるので、全員に分かるようにラケッシュ先生がヒンディー語で言い直してくれる。学級委員的な存在で一番前の真ん中の席に座る男の子・サニーが前に出てきてホワイトボードに書いてくれた。

「Health is Worthy」サニーはドミトリーに住んでいる。ここの子供たちだけに、なんだか感慨深い。(笑) そこからは私たちが選んできた格言の説明を1つひとつしていき、一番気に入ったのを選んでもらい、その紙をノートに貼って、なぜそれを選んだのか書いてもらった。一番人気があったのは、私の見たところWhere there is a will, there is a way.だったような気がする。この説明を、私はシッタルダさんのようにね、と付け足していた。
そうそう、今回のスタツアで私が一番感動したのはこのトラスト(日本で言うNGO)そのものだったかもしれない。私は興味があって今まで学校や周りの色々な人に一般的なNGOの印象を聞いてきた。本当にちゃんと機能しているのか、と疑問を持っている人や、最初はちゃんとやっていても資金繰りが苦しくなって適当になったり、自然消滅してしまうところもある、などの意見が印象的だったし、実際そういうNGOが山ほどあることは私も知っている。でも、このニランジャナはいろいろな面ですごいと思った。
まず今回、ニランジャナスクールのプリンシパル・ディベンドラさんは私たちスタツアメンバー全員に学校の財務報告書を持たせてくれた。これはニランジャナスクールの運営に透明性があると分かってほしいからだと言ってくれた。次にディレクターのシッタルダさんだが、彼の愛情の深さと思考の深さと誠実さには感動している。まず彼は誰からのいくらの寄付をどこにどのように使ったか、ドミトリーも学校も目に入るところすべて、そして今年2月にオープンしたニーマ村の分校、今シッタルダさんのお父さんの土地をもらって立てている第二のドミトリー(孤児院)なども案内し、教えてくれた。そして一番印象的だったのは、今回のドミトリーでの最後の日・お別れ会の時だ。あの状況をこれを読む方に共感してもらうのは難しいが、書いてみる。めぐみさんの誕生日会も兼ねていたので盛大にやったこのパーティー。ガヤ(地区の都会、的な認識)でビックラム(ドミトリーでリーダー的な存在)がお使いしてきた大きなケーキを私たちとドミトリーのみんなで分けると一人ひとかけらになった。パサパサでちょっとパンみたいだったが(これでもブッタガヤでは見たことないすごいもの)、みんなで食べると本当においしかった。そのあとは私たちもまじえてみんなでダンスダンスダンス!とにかく踊って、暑かった。子供たちのくしゃっとなった笑顔が今でもすぐ浮かんでくる。

最終日だったので、私たちは一人ひとりこの一週間を振り返っての感想を言わされた。(笑) 本当にドミトリーの子供たちはみんなかわいくて人懐っこくて誠実ですくすくと育っていたのでそんなことを思うとなぜか嬉しかったり、もうこれでお別れかと思うと明日から心にぽっかり穴があいたようにさみしくなりそうで、でもまだ今は周りにみんながいてくれて幸せだなと思ったりで、なんだか複雑な気持ちでいた。 そんな中シッダルタさんがドミトリーの子供たちに話したことが印象的だった。(これはたしか、めぐみさんが訳してくれた) 「みんな、私は明日からまたここを離れなければならない。このツアーのメンバーを無事に送り届けなきゃならないから。ここを離れるのはいつもさみしい。私はいつも忙しくてみんなのことをあんまりかまってあげられない。でもそれは、知ってるかもしれないけど、以前のみんなのようにつらい生活をしている、ここに入りたがっている、将来のきみたちの弟になる子供たちを少しでもここに連れて来てあげたいからなんだ。…」

この話を、子供たちは静かに聞いていた。みんな、分かっているのだろうと思うと、とても切なくて、涙が出そうだった。 そう、シッダルタさんは本当に忙しい。日本とインドをしょっちゅう往復し、他にもさまざまな広報活動もしているし、ニランジャナにはひっきりなしにいろいろな人が訪れるから(私たちの滞在中にもスペイン人などいろいろな人が来た。「地球の歩き方」の外国版「lonely planet」にニランジャナが載っているかららしい)、そういう人たちに同じ説明を何度も、嫌な顔せずしてくれる。

最初にニランジャナに帰った時(私たち一行が到着したとき)にドミトリーで子供たちと戯れるシッダルタさんはまるで子供みたいだった。ブッタガヤ初日の夜に「私、今日ここで寝ます。」(in ドミトリー)と言われたときは、え、引率なのに一緒に来てくれないの?と思ったが、今までデリーに着いてから案内してくれている時とは比べ物にならないくらいすごく嬉しそうだった。学校でも、ピクニックに行った時も、先生たちや子供たちに囲まれて、とてもエンジョイしていた。でも、そんな時間も彼にはきっとすごく貴重なのだろうと、ツアーの最後には理解した。 きっと疲れがたまっているだろうから、休んでほしいと私は思うけれど、本人は忙しいのが好きだという。それに彼の言うように、彼は少しでも孤児を減らし、教育を授けることが彼の一番の幸せなのだな、とこのツアーを通して感じた。
そんな彼の姿勢をスタツアメンバーが伝えなくて誰が伝える?という使命感にかられ、今このように書いている。 シッダルタさんは、ここをインドの第二の故郷と思ってください、と言っていた。 ドミトリーを出るときに子供たちが‘See you again!' と言っていた光景を思い出す。

本当に、いつか絶対、また行こう。 そう思える旅にしてくれたニランジャナ関係者の方々、そしてツアーのメンバーにも感謝しなければならない。「本当に、ありがとうございました。」



旅の感想
長崎優美

 今回の旅で私は、自分がとても素敵だなぁと感じるものとなんだか不快に感じるもの、その両方を半分半分に見たような気がします。 ニランジャナの孤児院で暮らし、育つ少年たちの姿は、私にとって本当に魅力的なものでした。いたずらっぽく笑う彼らの表情、アップテンポな音楽にのって力強くいきいきと踊る姿、ベッドですやすやとお昼寝をする姿。それらはどれも、彼らがこの場所ですくすくと育っていっていることを感じさせるもので、なぜだか見ているだけで心が温かくなるような光景でした。中でもある日子どもたちと一緒にピクニックに行ったときのことは、強く私の脳裏に焼きついています。自然に囲まれた広々とした環境の中でクリケットをしたり、縄を使って高跳びをしたり、川で泳いだり、また大きな子どもたちがしている遊びを小さな子どもたちが一生懸命に真似したり。そんな様子を見ているとふと、ここの子どもたちはこういうふうにして育っていくんだなぁと感じ、胸の奥が温かくなりました。私は孤児院の子どもたちの笑顔や元気な姿がずっとずっとなくならずにあってほしい、そしてこのきらきらした子どもたちが素敵な大人に成長してほしいと心から思います。

一方で、マハボディ寺院やタージマハルといった世界遺産の訪問は、もちろん建築物そのものは素晴らしかったのですが、私にとってある種の不快さも伴うものでした。多くの観光客が集まるそれらの場所の周辺は、必然的に物売りや物乞いの人たちも多く集まる地となっていました。自分の弟と同じくらいの年齢の少年が土産物を買ってもらうためにしつこく私たちに話しかけてくる姿や、自分の父親くらいの年齢の男性が無言で物乞いをしている姿を目の当たりにしたとき、私はただただ不快さを感じ、塞いだ気分になることしかできませんでした。生まれたところによっては両親にかわいがられて成長している年頃の少年や、生まれたところによっては会社勤めをして妻子を養っている年齢の男性にそのような生活、人生を強いているものは何なのだろう。私に何かできるのか、何ができるのか。そんな疑問をもたずにはいられませんでした。 私がインドにいる2週間で感じたたくさんのこと。それらは素敵だと思ったこと、嫌だと思ったことに関わらず、すべて今の自分にとって大切な思いなのだと思います。それらの思いを忘れることなく、これからの新たな毎日を進んでいきたいです。


ニランジャナスクールから学んだもの
筑波女学園大学 文学部 4年 中島 舞 

じっとしていても暑さで汗がじわ〜っと出てくるインドでの生活。二週間を振り返ってみて、どんな旅だったか言葉にしようと思っても、なんとも言えない気持ちが続いています。 人が多くて、声や物音が大きく、ものの動きが早い。それぞれがそれぞれに動き、「なんて自由なんだ」というのがはじめに受けたインドの印象でした。初めはどうしても日本と比較してしまい、優劣や良い悪いというような視点で比較してしまっていたと思います。 毎日が経験したことのないことばかりで、ショックを受け、戸惑い、考えさせられ、そして感動した、なんだかバタバタした日々でした。 ただ、この旅で得たものは数え切れないほどあり、また行きたいと強く思っている自分がいることは確かです。
私は、学童保育のアルバイトをしているのですが、子供たちが平気で人を傷つけたり、物を壊したり、思いやりのない場面に遭遇し、少し悲しくなることが多々ありました。また、昨今の教育問題では、いじめや不登校が取りざたされたり、楽しいはずの学校が楽しくないものになってきていたり、学校への信用性や信頼性も少しずつ薄れていっているような気がして、日本の学校や教育に対して、大学生という身分でありながらも不安を感じていました。 しかし、この旅で「いつかそうなると信じて根気強く考え行動する。そしてそれを休まず繰り返していく」そんな強い信念と努力がいかに大切かを教えてもらいました。人も物も傷つけてはいけないといい続ける。学校は一緒に学ぶ場所で、楽しい場所にしなくてはいけないと伝え続ける。そういうことを、学校にいるすべての人から自然と教わりました。
また、ニランジャナスクールの先生方や多くの生徒と会うと、「現状」よりも「これから」を見ている気がして、過去や今ばかりを見ている自分とこの人達は反対側にいるのだなと気づきました。そして、そうやって出来た学校を一人一人が好きだと言える、誇りを持てる、そんな場所になっていることに感動しました。
インドと日本の教育は全く違います。お互いの全部が全部参考になり、取り入れるということは出来ませんが、人の思いというものはどの国の人間にも、どのような年齢でも届くのだということに二ランジャナスクールから教わり、すぐ「教師が悪い」とか「親が悪い」とか誰かのせいにしたり、「どうせやっても…」と考えがちな日本の教育に対する考え方には足りないものがニランジャナスクールにはありました。
将来、もし母親になった時や、もしならなくても子供を守らなければならない大人の立場になった時、ニランジャナの先生方のようなあの真剣な眼差しと、心の奥の深い深い愛情があれば、どんな子供でも教師や親の思いを理解し、自分なりに受け止めてくれると思っています。そのためにも自分がしっかりと子供を守れる人間になりたいと思います。  
日本に帰ってきてからは、日本ですべきこと、できることは何なのかを具体的に考えるようになりました。当たり前にある衣食住の日常を考え直したり、人として本当に必要な心は何か考えたり、格差というものは難しい問題だということへ逃げずに考えたり、少しずつではありますが、いつかそうなると信じて根気強く考え行動する。そしてそれを休まず繰り返し、目には見えない大切なものをこれからも見つけてきたいと思っています。
 最後に、このような機会を作ってくださった山中章代さん、シッダルタさん、安全で楽しい旅をナビゲートしてくださっためぐみさん、いつでも温かく迎え入れてくださった現地の皆様に心から感謝申し上げます。 本当にありがとうございました。

ニランジャナスタディーツアー2011夏 感想            
山口 紗代
スタディーツアーに参加したきっかけは、3年程前からサポートをさせてもらっているビッグチャンダンに会いたいということでした。いざインドに着いてみると、さっそくこれぞインド!という感じで、とにかく人と車が多くゴチャゴチャで日本ではありえない光景にびっくりさせられました。デリーは思っていたよりも都会でお店が多く、どこもとても安いので買い物が楽しかったですが、空気が悪かったので早くニランジャナのあるブッダガヤに行きたい〜!と思いました。
ブッダガヤに到着して次の朝、とってもさわやかでした。デリーと比べてずっと人も少なく、普段田舎に暮らしている私としては少しホッとした気持ちになりました。ワクワクしながら、みんなでニランジャナスクールに向かい、たくさんの子どもたちが笑顔で出てきたときのうれしさは今でも忘れられません。最初はちゃんとコミュニケーションできるかな、という不安もありましたが、みんな本当に人懐っこくて、子どもたちの方から積極的に話しかけてくれるので、そんな心配はすぐに吹き飛びました。 孤児院では、念願のビッグチャンダンにも会え、日本で作ってきたミサンガのプレゼントを渡し、一緒に晩ご飯も食べたりもでき、大満足でした。他の子どもたちとも、スクールの子どもたち以上に長い時間を過ごし、一緒に遊ぶことができて良かったです。特にピクニックは、みんなで色んな遊びをしたり、ランチをしたり、踊ったりして、先生たちも一緒になって楽しんでいたのもうれしかったです。本当に良い思い出になりました。
ニランジャナの最後の夜、引率のめぐみちゃんのバースデーパーティーもあり、大盛り上がり。みんなで踊りまくり、私も体調が悪いことも忘れ子どもたちとたくさん踊りました。インドにこんな文化があることにビックリしましたが、子どもたちがイキイキしている姿は印象的でした。最後の別れは辛かったですが、またいつか子どもたちの笑顔に会いに帰ってきたいと思います。 今回のメンバーの中で一番体調をくずしてしまい、引率のめぐみちゃんや、シッダルタさんには本当にお世話になって感謝しています。メンバーもほぼ全員年下なのに、とてもしっかりしていて楽しい人たちばかりだったので、このスタディーツアーに参加できたのは、とてもラッキーだったと思っています。 またみんなに会える日を楽しみに、今度来る時はもっと体力をつけてリベンジしたいと思います!ありがとうございました!


航空大学校 飛行機操縦学部 2年 鈴木崇志

感想
今回のスタディーツアーで初めてインドに行くことができました。最初にデリー、ブッタガヤに着いたときは、人の多さ、交通量の多さなどの様々なことに驚いてばかりで、トイレや食事などに慣れることで精一杯でした。しかし、孤児院にいる子供たちや、学校で授業を受けている生徒たちに触れ合うことで、徐々に緊張がほぐれ、インド生活が楽しくなっていきました。しかし、僕たちの考えていた授業日の前日に体調が悪くなり、日程をずらさざる負えなくなってしまいました。現地コーディネータのシッダルタさんやめぐみさんに素早い対応をしていただいたおかげで、すぐ病院にも行くことができ、次の日にはみんなと行動できるようにまで回復しました。
 ブッタガヤでは、シッダルタさんやニランジャナスクールの校長先生などの話を聞く機会があり、とても興味深いものでした。現在のビハール州の問題点に一から改善していこうとするお二方の行動力、そして、精神力にとても心が打たれました。それと同時に、日本がいかに恵まれている国であるということを実感しました。
 また、孤児院にいる子供や学校の生徒達の英語力にも驚きました。小学校の高学年であれば、英語のコミュニケーションをとることができるのです。教科書も全てヒンドゥー語ではなく、理科の教科書でさえも英語なのです。さらに、子供一人一人がはっきりとした夢を持ち、勉強できるという喜びからくる勉強に対してのモチベーションがすごく高いものでした。  
ある日、最近関西のボランティア団体が建てた学校があるニーマ村の村人と私たちツアー参加者とで話し合いの場を設けていただきました。私たちは、感じたこと、疑問に思ったことを村人達にぶつけました。そんな中、「この村に学校ができたことで変化はありますか」という質問に対し、村人は「親が子供に外から帰ってきたらまず手を洗いなさいと注意された」と笑いながら答えていました。その村では、教育されていないため、文字の読み書きもできず、何が不衛生なのかもわからないということを村人を通して実感するとともに、関西にあるボランティア団体がやっていることがこの村人にとってはとても大きな影響を与えているのです。  
今回のツアーで私は、普段経験することができないことに触れることができ、とても良い思い出になりました。そして、インドが好きになりました。風邪をひいたり、大変なこともありましたけど、もう一度ニランジャナに行き、もっとインドと触れ、子供と触れ、彼らの役に立ちたいと思うようになりました。また自分で機会を作り、ぜひ行ってやろうと企んでいます。 こんな機会を作っていただき、本当にありがとうございました。


 
 久野 愛子
「笑顔がキラキラしている! 目が輝いている!」−これが私がニランジャナの子供達にもった印象です。どんな状況でも、強くたくましく、しなやかに生きる、仲間と協力して明るく生きる、そういう彼らの一生懸命でひたむきな姿に、心を打たれました。

ピクニックに行った時、子供達はたった一本の縄を使って、みんなでいろいろ考えては協力し、本当に上手に遊んでいました。まずは大縄跳びをし、それから縄を地面近くでぴんと張り、その下をくぐるものとなり、かと思えば、腰の高さくらいまで上げて、今度はその上を飛び越えるものとなりました。続いて縄を二本の木にしっかりくくりつけて、うんていのようなものになり、最後にはぶらんことなり、その想像力豊かさには、ただただ驚かされるばかりでした。今の日本の私達に欠けている力は、きっとこれだと思いました。私達は、全てが必要十分以上にあり、色々なものに恵まれ過ぎていて、だけどその分、自分で創意工夫する必要もなく生きていけてしまう社会にいます。ニランジャナの子供達は、もっているものが十分でなくても、あるものを最大限に活用して楽しむ遊び心や創造力をもっています。本当に素晴らしいことだと思いました。

もう一つ強く印象に残っていることは、ニーマ村の村人達と話す機会があった時のことです。彼らの厳しい生活状況について知った後、それでは何を楽しみに日々を生きているのか、という質問をしました。一人の男性が、こう答えました。「今は、子供が家で宿題をしているのを見るのが、一番の幸せです。」学校ができる前までは、何が幸せで、何が幸せではないか、ということも分からなかったし、考えることもなかった、と言うのです。学校が、子どもたちに、そして親たちにも、大きなプラスの影響力があることを確信しました。本当に、教育こそが、彼らの希望なのです。私は、「考える」という行為も教育があってこそ、ということを実感を持って感じました。

ニランジャナの子供達、そして彼らに関わる周りの大人たちから、たくさんのことを学びました。教育が担う、大きな役割も再確認できました。私はニランジャナで見たこと学んだことを、自分を通して、もっとたくさんの人に伝えていきたいです。特に日本の子どもたちに、伝えていきたいことがたくさんできました。私は教師になります。ニランジャナで出会った先生達のように、教育に熱い想いと未来への希望を持って、どんな生徒の心にも想いが届く教師になりたいです。ニランジャナの子供たちの満面の笑みと輝く瞳を胸に、私は今ここで、自分にできることを精一杯やっていきたいです。



=====充実インドツアー2011春=====

文教大学 人間科学部 1年 奥野友紀菜
ツアーの感想
私が今回このツアーに参加した理由の1つとして、インドの教育の実態を見てみたいという考えがありました。私は将来、教育関係の進路を希望しています。ですが、教師になるという考えはありません。日本では、学校教育は義務であり、日常に溶け込んでいます。学校がなくても塾や習い事などを通して、学習を受けることができる場が多く存在します。 学校と家庭をつなぐ連携は薄くなり、さらに地域と学校、社会と学校を隔てる壁は以前よりも厚く、学校教育が取り残されているという印象を受けていました。学校教育の重要性を問いただしたときに真っ先に思い浮かんだのが、アジアやアフリカを中心とする貧困地域での教育でした。ツアーに参加して感じたことは、インドの学校教育は、日本の学校教育とは全く異質であるということです。インドでは教育を受ける場が学校しかありません。学校がなければ子どもたちは読み書きすらできません。子どもたちにとっても、その親にとっても学校の存在は大きく、さらには学校の近くの地域住民にとっても学校がどれほど輝かしく、希望に溢れた存在であるかを目の当たりにしました。
また、学習に対する考え方に私は驚きました。子どもたちに「勉強は好き?」と尋ねると、みんな口を揃えて「好き。」と答えました。理由を聞くと、「生活するためには勉強が必要だから。」と答えました。もし日本で同じ質問をしたらどのような答えが返ってくるでしょうか。決して同じような答えは得られないと思います。ニランジャナの子どもたちは勉強することがそのまま生活に繋がると考えています。インドの実態をみて、それが間違いではないということを私も理解しました。生活するために勉強をする。学習の機会を提供する唯一の存在である学校がインドではどれほど重要であるかを、この質問を通して考えさせられました。
ニランジャナには笑顔が溢れていました。ツアーを通して私は、たくさんの輝きを感じ、たくさんの元気をもらいました。この機会に巡り合えたことへの感謝と喜びを感じています。ニランジャナの職員のみなさん、ツアーに同行したみなさん、本当にありがとうございました。いつまでも変わらない笑顔と光輝く未来を願っています。

=======
ニランジャナ・セワサンガ スタディーツアー2011春
《旅の感想》
岩夏実  
 今回の旅を通して、今まであいまいだった「教育」の大切さを実感しました。シッダールタさんが話してくれたことに納得できたからです。彼の話では、貧困というものは今に始まったことではなく、両親の代、おじいちゃん、おばあちゃんの代、それよりもずっとずっと昔から長い間歴史として続いてきたものだということでした。貧困の下に生まれた人は、子どものころから朝起きて、ろくに食べることもなく、幼い兄弟の面倒を見、そして眠る毎日を繰り返し、いずれは結婚して、なにかしら生きていくために働き、子どもをつくり、死んでいく。その子どもも、同じ毎日、そんな毎日が積み重なってできた人生を繰り返していく。そんな繰り返しの中に身を置きながら、その人生に疑問を感じたシッダールタさんが、貧困の連鎖を断ち切るためにいろいろ考え、たどりついたのが「教育」だという話を聞きました。その考えに感銘を受けたし、そうやって考え抜かれたからこそ説得力があり、ニランジャナの学校も大きくなっているのだと思いました。
実際に今回のインド滞在中に、「教育」は本当に必要なのかと何度も考えました。たくさんの子どもが制服を着て、笑顔で元気に声をかけてくれる傍ら、ふと学校の外の民家を見ると、目の前にいる子どもと変わらない歳の子が何をするでもなくしゃがみこんでいました。どうしてあの子は学校に来られないのだろう、と不思議に思いました。それは貧しい家族にとって子どもも大事な労働力だからでした。一日一日を生きていくことが精いっぱいの人にとって、「教育」はその日を助ける手立てにはなりません。学校に行く暇があれば、少しでも生活を楽にしたいと考えるのは、間違っていないと思います。だけど、「教育」にはその日を助ける以上のもっといいことをもたらすものです。そのことをたくさんの村を回って、一人一人に「教育」について話し、説得した成果が今のニランジャナだと考えると途方もない気持ちになりました。とてもじゃないけどまねできない、地道な一歩一歩だったと思います。そして、今もニランジャナの方々はそんな一歩を重ねて一人でも多くの子どもが学校に行けるように活動しています。この活動が貧困の連鎖を断ち切る日が来ることを心から願っています。  
ある村で、「10年後の子どもにどんな姿、暮らしを望みますか?」という質問に、「一日一日を生きるのに精いっぱいで、10年後のことなどわからない」という返事が返ってきました。もちろん、インドで暮らす彼らが言うのだからそれが本当なのでしょう。しかし、わたしとしては、いくら毎日の生活が苦しくても、なりたい未来をイメージすることはできるだろうと思います。前に、「人はイメージした以上の未来にはたどり着けないんだよ。」という話を聞きました。「人は自分のイメージを超える未来には行けないけれど、イメージしたところには絶対いける。だから強くなりたい未来をイメージすることが大事だ」と。村の人からの返事を聞いた時、この話を思い出しました。これをインドの人に伝えたかったけれど、日本に生まれ、親のおかげで食べられて、大学にも通えて、ちょっとがんばってバイトをしてお金を貯めればインドに来れたわたしには言えませんでした。言葉としては伝えられても、それは何か違うと思いました。だからこそ、今ニランジャナで勉強をして、未来に夢や希望を持ったインドに生まれた子どもたちが、わたしと同じことを思い、伝えてくれたらうれしいと感じました。  
インドから帰ってきて一番に思うのは、またインドに行ってニランジャナを訪れたいということです。生徒の元気な姿だけ見ていると、日本の学校とそんなに変わらないように、むしろ何倍もパワフルに思うけれど、子どもの中には家から2時間も歩いて学校に通っている子、家に帰ってもろくに食べられるものがない子がいるというのが現実です。何か彼らの力になりたいと思ったけれど、うまく遊べたか、うまくコミュニケーションできたかさえわかりません。だけど、孤児院で過ごす最終日に今回の旅で自分がみんなの力になれるかどうかは、出会った縁をずっとずっと保ち続けていけるかどうかだと思いました。一回きりではなく、これからもニランジャナに関わり続けていくことが、子どもたちの力になるのかなと思います。だからもう一度インドに行きたいし、ブッダガヤのニランジャナのみんなに会いたいと思います。わたしがこの春出会った子どもたちが、これからどんな大人になるのかとても楽しみです!彼らには未来をつかむパワーがあると思います。インドで子どもたちからたくさんのパワーを分けてもらえたような気がします。

=======

『2011 インドスタディーツアー』感想・調査報告
金子弥生

”インドの数年後はどのように・・・” 今回訪れたのは、インド ビハール州のブッダガヤにあるニランジャナスクール。 この辺りは、インドで最も貧しい地域。 教育の面においても、政府からの援助が非常に少なく十分な教育が受けられないため、識字率は全国平均の半分程度である。 そんな中ニランジャナスクールは、世界各国からの寄付により村の子供や孤児達への教育を行っている。 子供達は、自分が今ここにいること、教育を受けられること、制服やノートやペン・食事や住む場所・愛を与えられていることに感謝し、誇りを持って生きていた。 そんな気持ちからか、彼らの笑顔はとても明るくエネルギーに満ち溢れ、私達を幸せにしてくれた。

私は、インドへ足を踏み入れてすぐに、人々の持つエネルギーや街の活気に魅了された。 人や物・神様への感謝の気持ちが常に存在し、すぐ目の前の今を生きているからこそ生まれるエネルギーだと感じた。 とても温かく心地よかった。 そしてそれは今、日本で感じることができにくくなっている感覚だった。 先進国日本に住む人々は、不自由のない生活を送っているにもかかわらず、たくさんの苦しみを抱えている。 豊かさや便利を追求し、急スピードで前へ進む毎日。 多くの日本人が、人間らしさやエネルギーを生み出す力を失っている・・・と思わずにはいられなかった。

魅力的な人々・街に触れ幸せに浸り気分が高揚する中、一つ感じていた違和感。 路上や川、そこかしこに散乱している「ゴミ」のこと。

何人かの先生達に聞いてみた。
Q. ごみがどこにでも自由に捨てられているけれど、このごみはどのように処理されるのか?
A. 特に処理はしない。消えてなくなるのを待つだけ。

Q. ゴミの中には消えてなくならないものもあるし、川に捨てたら環境にとって良くないこともあるけどそういったことは知っている?
A. ゴミがその辺にあれば汚く見えるし、たぶん環境にとって良くないのだろうということは考えられる。   ただ、インドには(特にこの地域には)ゴミ箱にゴミを捨てるという概念がない。   そういう風に教えられてきていない。   例えば少し都会に行っても、一箇所にゴミをまとめてそれをトラックに積んで、どかこかの川に捨てに行っている。   ゴミがどのように変化してどんな影響を及ぼすかについては全く考えられていなくて、自分の領域がきれいになればそれで良し、ということになっていると思う。
 
 ゴミのことはたぶん考えた方がいい問題だけど、私たちにはその前にもっとやらなければいけないことがある。   貧困により引き起こされる問題について。   その日暮らしの生活をする人々、学校や病院へ行くお金のない人々、お金を稼ぐ術を知らず物乞いをする人々、親も家もない子供達、   こういう状況を変えるためにするべきことがたくさんある。   例えば自由に使えるお金がもらえたとしたら、まずはゴミ処理場をつくるよりも人々の暮らしを支えるためにお金を使うだろう。

  インドの政府を見てもゴミの問題は特に気にしていない。  それよりも他国へ追いつくためにIT化を進めるなど、発展することを重用視している。
どの先生に聞いても答えは同じ。
私自身、いくつかの村を訪れ、村人の生活風景を見聞きして、その気持ちを痛感した。 貧困に苦しむ人々にとっては教育が大切でそれによって暮らし向きが良くなる、という事は簡単に理解できることだ。 ある程度の生活水準に達することは必要だと思った。

ただ、同時に心の中にひっかかる想いもあった。 先進国が発展のために引き起こしてしまった問題の数々。 自然を汚すことで自分達が生き難い環境を作り出してしまうこと。 何事も機会化され、人間同士の間に壁ができ人間関係が希薄になり人々が孤独を感じていること。 便利な物が出回り、人間として生きる知恵が退化していること。 このように、前だけを向いて猛スピードで発展したために先進国が失った物がいかに大きいものか・・・

彼らに出会って、物質的には豊かでなくても感謝の気持ちで溢れ、全ての事を受け入れ、生きるために真っ直ぐに毎日を歩む、それが彼らを人間らしく輝かせているエネルギーの源なのだと知った。 だからこそ今の先進国と同じ道を辿り同じ失敗を繰り返して欲しくないと思い、人間や自然にとって最も大切なのことは何だろう・・・? 発展・・・? 教育・・・? 環境保護・・・? 考え込んでしまった。
私は自分の知識の無さのため、十分な説明もできず想いが形にならず、今書いたこと全てをきちんと口に出すことができなかった。 ただ伝えることができたのは、 「彼らの笑顔や真っ直ぐな心に感動し、大きな愛を感じた。私もそんな風に生きたいと思った。今心にある気持ちをずっと忘れないで欲しい。」ということだけ。 豊かで幸せになるように。 向かう所は人類皆同じだと思う。 ボタンをかけ間違えないように。 私は、自分自信地に根を張って、自然とともに生き、世界に穏やかな時間が流れるよう願いながら、自分にできることを毎日少しずつ。
以上です。

=======

2011年 春 ニランジャナスタディーツアー
〜体験レポート〜  
是松 達夫(Korematsu Tatsuo)

今回の旅の感想を一言で表すなら、「衝撃的」とゆう言葉が当てはまる。しかし、その刺激は私にとってとても大切で忘れられないものとなった。
 初日からの数日間のニューデリー滞在期間は、想像したインドとは異なっていて少し驚いた。道路は整備され町並みがきれいに並んでいたからである。その時は、インドは私が想像していたより貧しい国ではないのではないかとも思った。整備された道、TOYOTAのメーカーの車など高価な車が走っていること、またニューデリーで出会った生徒達はきれいな制服を着て、手には携帯電話を持ち歩いていたからである。しかし、いよいよブッダガヤに移動し、到着した瞬間私は本当の貧困とインドが抱えている問題に目の当たりにし衝撃を受けた。ホームレスのような生活を送る人達は日本の比にならないほど多く、まだ10歳になったばかりのような小さな子どもが3歳くらいの赤ちゃんを抱え、物乞いをし、私達、旅行者に近寄ってきたからである。そして、その子達にお金等を渡せない事に戸惑いを覚えた。
そして、いよいよ孤児院の子達やニランジャナスクールの子達と対面するわけだが、想像以上にみんなが明るく元気がある事に驚いた。そして、その子どもたちの元気と明るさに、勇気を貰った。厳しい環境の中でここまでまっすぐに自分を表現できるなんてすごいと思った。そして、実際に授業を行って思った事は、みんな一生懸命であるとゆうことである。そして、本当に楽しそうに私たちが行った長縄跳びの授業にとりくんでくれた事が本当に嬉しかった。授業を行う事に関して、ちゃんと楽しんでくれるか、ちゃんと説明できるのか不安でいっぱいだったからである。そして、実際に子どもたちが受けている授業に参加して思ったのはみんな勉強とゆうものに関して、真剣に取り組んでいるとゆう事である。日本の学校と比べるとはるかに勉強の環境は悪いのに勉強に対する意欲は日本の生徒よりはるかに持っていた。  
 今回の、スタディーツアーでいろんな事を学んだ。それを言葉にするのは難しいけど今回考えた事、思った事、感じた事をこれからの大学での勉強にいかしていきたいと思った。同時に、いつになるか分からないけど、ニランジャナスクールにもう一度行っていたいと思った。
=======
2011年春インドツアー
平竹真奈

私は、中学三年生のときの授業がきっかけで国際協力に興味を持ち始めました。その授業の内容は、自分たちでお金を稼ぎフィリピンのストリートチルドレンたちを支援するというもので、先生方の力を借りながらではありますが、商品の開発から、製作、販売までを自分たちが主体となって行いました。結果は大成功で、私たちは得た利益をフィリピンに送ることができました。これは当時の私にとって衝撃的なことでした。テレビに世界の貧しい人々が映し出されるたび、何かしなければいけないような焦燥感に駆られながらも、自分にできることなんてないと諦めていたからです。その時はじめて、私たちにだってできることはあるのだということを気付かされました。それから、私は国際協力の活動を行いたいと思うようになりました。しかし、高校に上がった後もずっと悩み続けましたが、実際のところ私には何ができるのかわからないままでした。 今回、こちらのインドスタディーツアーに参加することを決めた理由は、高校のときから大学に入ったら一度発展途上国を訪れると決めていたことと、私は本当に国際協力に携わっていきたいと思っているのかを確かめ、私には何ができるのかを探すためでした。
このツアーに参加して、今まで通りの生活の中では、まったく縁が無かったような、様々な人生を送っている人たちとたくさん出会いました。インドに暮らす人々だけでなく、スタディーツアーのメンバーにおいても同じです。将来海外に出ることを真剣に考えている、何度も海外に行ったことがある、海外で長期間暮らしていたことがある、そんな人たちの話はとても新鮮で刺激的でした。 たくさんの人たちが、それぞれとても強い思いで自分にできることを必死にしようとしていて、真剣にスクールや孤児院、インドのこれからについて語る姿にはとても感銘を受けました。それは、孤児院やスクールに通っている子供たちも同じことで、将来の夢はと尋ねると、皆が明確にそして力強く答えてくれました。みんなだれかの役に立てる人間になりたいと思っているから、という話を聞いた時は、日本にいるときと同じ物差しで測ろうとしていた自分が愚かだったと思いました。今の私に一番必要なのは、この思いの強さなのではないかときづかされました。
出発の前、私はとても漠然とした思いで、実際に行ってみれば何かしら探しているものが見つかるだろうと考えていました。しかしインドに着いて、実際にその社会とそこに住む人々と触れ合っていくと、日本で考えていたようにはいかないことばかりで、ますます頭はこんがらかるばかりでした。そんなことは当たり前のはずなのに、心構えがまったくできていなかったのです。もっときちんと事前にインドの土地や文化、経済、歴史などについても学習し、インドに行って何を知りたいのか、何をしてきたいのかを明確にして、気持ちを決めておくべきであったと思い知らされました。それが一番の後悔です。ですが、だからこそもう一度訪れたいと心から思います。
このやり残したという気持ちも含め、私にとってこのツアーでの経験は非常に大きな意味を持つものであると確信しています。このツアーは、私に自分自身を変えるチャンスをくれました。このツアーに参加して、私はもっと英語が話せるようになりたいと思いました。そしてやっぱり、どのような形であってもいいから国際協力に携わっていきたいと思いました。子供たちの未来を守りたいと思いました。人との出会いの大切さを知りました。
このチャンスを無駄にしてしまわないように、今回のツアーを通して感じたこと、気付いたこと、思い出すことができた、忘れてしまっていた気持ちをしっかり次につないでいきたいと思います。ツアーに参加させていただきありがとうございました。

=======
加藤 鈴絵
この2週間はとてもいい体験をしました。バルーンアートを子どもたちに見せたとき、みんなすごく喜んでくれました。本当にバルーンアートを学んでよかったと思いました。子どもたちの笑顔がすごく素敵でした。日本でいやなことがあっても、子どもたちの0笑顔を思い出して頑張っていきたいと思います。これから、もし時間とお金の余裕があったらまた行きたいと思います。

=====インドスタディツアー2010夏=====

石垣麻衣子
インドは初めて降り立つ国だった。 インドという国には、自分自身の答え合わせの為に訪れたい国だった。 地球の歩き方の最初のページにも書いてある。 『インドを旅するキミが見るのは、天国だろうか地獄だろうか?    インドは呼びかけている。私は実はあなたなのだ』と。 自分の心の持ち方、在り方そのものが、そのまま自分に戻ってくる国。

 ニランジャナスクールのあるガヤの駅に、今回のツアーの仲間達と 早朝5時頃到着。朝早いというのに、駅にはたくさんの人があふれかえっていた。 破れた洋服を着ている裸足の女の子も、じっと私を見つめる目。 日本ではまずありえない光景で、この人達の住む家はあるのだろうか?・・・ 自分自身へのいろいろな問いかけが始まる。

 ニランジャナスクールに訪れた初日。 朝礼では生徒さんがみんなで、大きな声でお祈りの歌を歌った。 なんだかわからないけれど、涙がこみ上げてきた。 感動して胸が熱くなっている自分がいた。

 授業も折り紙や、原爆のことや、ヨガで身体を動かしたり等、色々な形で携った。 そして気づいたこと。 みんなの笑顔に私は元気をもらっている。 キラキラした目がいろんな事を教えて!って、訴えかけてくる。 その笑顔の源は何なのだろう?・・・ 自分自身への問いかけは続く。    
50ルピー(100円)で一生懸命こいでくれるリキシャーのおじちゃんの後ろ姿にも感動した。日本で使う100円の価値を考えさせられた。 決して贅沢をしたい為の仕事ではない。今を生きる為の術であり、収入なのだ。  
 この旅を通して、貧困の問題、教育の問題、ゴミの問題・・・ 解決を望む問題はたくさんあることを実感した。 今の私に何ができるのか? 地球を救うとか、インドの子供を救うとか、そんな大それたことはいえないけれど、 私が確信をもって見つけられたことが一つある。
それは 『笑顔』 その笑顔だけで、笑顔があるだけで、人を幸せにすることができるということ。 個人が生き生きとしていることで、自然と人に影響を及ぼしているということ。 もちろん、勉強も大切。 ただ、何よりもその微笑みがあってこそ、人は幸せを感じられる。 裸足でかけずり回ったり、手でご飯を食べたり、到底日本では真似できないことも多々あるけれど、笑顔はすぐに真似できる。 まずは、自分から隣の人に微笑みかけること、笑顔を分かち合うことが、 まわりの人の平和、そして世界の平和につながっていくのかもしれない。 そしてそれは、今すぐ誰にでもできること。  
インドの子供達に、たくさんの笑顔のプレゼントをもらいました。 毎日私自身が癒され、パワーをもらっていた。    
今度は私から、調和、平和、笑顔が拡がっていきますように・・・

それが今回、子供達に教えてもらった大切なこと。
日本でも実践あるのみ!
インドの子供達は、本当に素敵でした!!
ありがとう!!!

==========
吉川恵
インドは私にとって、何もかもが刺激的でした。行きかう人やリクシャー、露店のおじさん、堂々とした牛さんたち、街全体がエネルギーに溢れていて、パワーをいっぱいもらいました。初めは、両親の説得や衛生面、治安など不安が少しありましたが、体調も壊すことがなく思いっきり楽しむことができました。
私は旅のなかで、「学校で学ぶ大切さ」が最も印象に残りました。 なぜならば、知識とともに人間性を成長させることができ、村そしてインドを変えていくことができると思ったからです。
現地の観光地や道端で、小さな子供たちに”Hello, sister. Give me money.”と何度も言われ、戸惑いました。今までの人生の中で、物乞いをされたことがなく、考えた事もなかったためです。 無視して歩かなければいけない状況に心が苦しくなりました。すべての子供たちへ平等に寄付することもできないし、その日暮しになってしまい悪循環を生み出してしまうと考えていました。 そして、目の前の現実に対して何もできない自分自身の無力さで胸がいっぱいになりました。
しかし、小さな村を訪れ「子供たちが学校で学ぶことにより、知識だけでなく人間性も成長している」という村人の声を聞きました。ここから、学校では勉強を通じて、知識、友達、笑顔、将来の夢など、たくさんのものを生み出すことができると感じました。また、知識を身につけることによって、仕事を得て、安定した生活を送ることができると思いました。 この二点から、学校で学ぶことは家族やコミュニティ全体に活力をもたらす役割があると考えました。 子供が変わるだけでなく、子供を見て家族が変わり、国が良い方向に変わっていってほしいと思います。
今後は、日本にいる私にもできることを見つけて、未来につながる支援をしたいと思います。今はできることを見つけるために、自分自身が納得のいく支援方法を模索中です。
私に考えるきっかけを下さった、シッダルタさん、校長先生、ニランジャナのスタッフの方々、章代さん、智子さん、参加メンバーには本当に感謝しています。ありがとうございました。
=========
インドスタディツアー感想
インドで過ごした2週間
塩川麻里亜
 日本に帰国してから毎日、インドで過ごした日々を思い返しています。前から国際協力という分野に興味があり、実際に現場を自分の目で見て現地の人と交流してみたいという想いがあり、HPでインドスタディツアーと検索したところ、今回訪問させていただいた「ニランジャナスクール」に出会いました。日本に帰国して友人や知り合いの人に「インドはどうだった?」と聞かれることが多いですが、私は一言では言い表すことはできません。

楽しかったというのはもちろんですが、楽しかっただけじゃないのも事実です。観光地や村に行くと多くの物乞いの人たちに出会いました。生まれて初めて物乞いの人たちを見た私はどうすればいいか分からなかったというのが本音です。日本から7時間ほどかけて到着したデリー空港はとても大きく私が想像していた空港よりもものすごく立派な施設だったので驚きました。3日目にブッダガヤに到着し、ニランジャナスクールに行きました。子供たちは日本人の訪問者に慣れているのか、みんな元気に挨拶をしてくれ、私たちを歓迎してくれました。

原爆、折り紙、着物、ヨガ、お絵描き、大縄跳びの授業をし、みんな積極的に参加してくれました。ニランジャナスクールから少し歩いたところにある孤児院では数十人の男の子が生活しており、私たちも時間を共にしました。孤児院では瞑想をしたり、腕相撲、日本の遊び、音楽を聴いたりとすごく楽しい時間を過ごしました。私が今回のスタディツアーで一番印象に残っているのは、村に行ったときです。どの村に行ってもたくさんの子供たちが集まってくれて「ハンカチ落とし」や「ヨガ」をしました。本当に元気いっぱいで、私は久しぶりにあそこまで遊びました!元気いっぱいの子供たち、子供たちを育て、働く大人たち。生活は決して豊かではないと思います。私はそこに住んでいる人たちの生活は表面上しか知らないし、見ていないけど、自分にできることは何なのだろうと考えました。バラナシではガンジス川の大きさに圧倒されました。
インドで過ごした2週間。今思うとあっという間だったけど、一日一日がすごく濃かったです。新たな出会いもたくさんありました。今回参加させていただいたことに心から感謝しています。スタディツアーのメンバーも大好きです!今回の経験は私の人生の財産です。今回出会った人たちとこれからも交流し続けることができたらいいなと思っています。本当にありがとうございました。
=========
青野隼
私は今回,初めてインドの地を訪れました。いろんな人達から「インドは好きか嫌いかはっきり分かれる」「インドに行くと人生観が変わる」などの興味深い話を聞いたからです。そして,普通の旅行じゃ面白くない,スタディツアーを探そうと思ったのは,去年の自分自身の経験からでした(http://maketheheaven.com/)。
実際インドに行ってみると,そこにはたくさんの笑顔が溢れていました。僕は現地の言葉は「ナマステ!!」しか知らず,車に乗りながらも通行人やすれ違う人達にひたすら「ナマステ!!」と声をかけました。すると,みんな笑顔で「ナマステ!!」と返してくれました。あの黒い肌からこぼれる白い歯,そして恥ずかしさ全開の笑顔。。。僕にはたまらなく可愛く見えました。そんなインドの人達を見て,僕自身も笑顔になれました。世界中どこに行っても通じるコミュニケーションとして「笑顔」というのが僕はあると思います。さらに,「笑顔」というのはその瞬間を「幸せ」に変えてくれるものだと思います。教育問題や貧困問題など,私たち日本人から見たら数多くの「問題」があると思います。でも,その中でもインドの人たちは「笑顔」で毎日を暮らしていました。毎日を笑って暮らせる幸せというのを改めて感じさせてもらった気がします
 
僕は今教育大学で小学校の先生になるための勉強をしています。実際教員になって,子どもたちにも笑顔の溢れる教育をしていきたいと思います。そして,その笑顔がインドまで届くように,自分自身も笑顔に溢れた日々を送っていきたいです。
最後に,今回のツアーを企画して下さったスタッフの皆さんに,そして今回のスタディツアーのメンバーに,学校や村で出逢った人たちに,インドで関わってくれた全ての人たちに心から感謝します。
ダンニャワード!!


===========2010年春============

=========
山本峰華

旅の感想

インドでの日々は、私に「幸せとは何か」を教えてくれた旅だった。

私は、旅に出る前、この旅の中では「幸せとは何か」ということを考えよう と、思っていた。 カンボジアに半年前に行って、実際に「貧しい」と呼ばれる子どもたちに会っ た時、彼らが「不幸せ」だとは思わなかったからだ。カンボジアから帰国後、日 本でずっと「幸せとは何か」ということを考えていた。そしてインドでも、この ことを考えたいと思っていた。

照りつける太陽、カラカラの地面、砂吹雪きが舞う中にいる、裸足で薄汚れた 服を来て裸の妹をだっこしている子ども 私が忘れられない光景である。

インドでは、たくさんの場所を訪ねることができた。そして、そこで彼らの思い を聞いた。 彼らの現状は、ひどいものだった。
泥で出来た家に住んでいる。
土地がカラカラなため、作物を育てられない。 農業が出来ないため、仕事がない。 学校に行けない。 一日二食しか食べられない。しかもそのご飯も私たちから見たらご飯とは言えな いようなもの。 結婚は親によって決められ、13歳くらいで結婚というのも珍しくない。
この現状を目の当たりにし、とてもショックだった。 「同じ地球上に、こんな子どもたちがいるんだ」ということに。 インドにいる間、暇があると、ずっとこの現状について考えていたように思う。

しかし、私は彼らが「不幸せ」であるとは思わなかった。 貧しいというと、不幸せなのではないかと思ってしまう人が多くいると思う。 私自身、そう思っていた。

でも、インドの人々は、「不幸せ」には見えなかった。 どこがとは言えないが、そうは思わなかったのだ。
むしろ、彼らの方が私より幸せなのではないかと思うほどだった。

シッタルタさんによると、インド人は、皆ポジティブだと言う。 たとえ貧しくても、今ここにいられるから、家族と一緒だから、幸せと思うそう だ。だから、貧しくても、その現状に満足してしまって、皆頑張らないともシッ タルタさんはおっしゃっていた。 私は、このことは本当にいいことだと思った。 インド人は、このポジティブさによって、時間を守れなかったり本当に適当な人 ばかりだけれど、「今自分は幸せなのだ」と思える事は、生きる上で本当に良い 事だと私は思った。

実は私は、子どもたちへの授業で、「幸せ」をテーマにした。 私を含め、このテーマで授業をしようとしたメンバーは皆、「子どもたちに、近 くに大切な人がいることは幸せなんだ」ということを伝えたくて、授業を作った。
だが、インドで授業をしてから、シッタルタさんにお話を聞き、本当に恥ずかし
くなってしまった。 彼らは、「幸せ」について私よりもはるかに考えていた。 むしろ、私自身がもっと「幸せ」について考えるべきだった。
そんなことを思った旅だった。
この発見は、私にとって本当に大きかったと思う。 大切な人といられる事、家族と一緒にいられる事、学校に行ける事、友達がいる こと、自分のやりたい事がやれること、、、
今の自分は、本当に幸せだと思う。

==========
慶應義塾大学法学部政治学科3年
小野 沙織

2009年夏に出会ったマレーシアの村の子どもたちの笑顔をきっかけに春休みの参加を決めたインドスタディーツアー。憧れの国インドでの2週間の滞在は、して楽しいこと、幸せなことばかりではありませんでした。  

 世界は確かにつながっていて、自分に関係ないことなんて何もない。だから世界の子どもたちがおかれている様々な現状をこの目で見たい。それがこの旅への参加を決めた大きな理由でした。にもかかわらず初日のデリーで、日本と全く異なる世界そして人々の中に放り込まれたような状況が怖くて、素直に受け入れることができず、これからの旅を不安に思ったのを覚えています。これではだめだと自分からすべてに心を開くように心がけ旅をスタートする決意をしました。  

 何より一番辛く感じ、わからなくなったのは、ガヤの町に沢山いた物乞いの人々の存在でした。  私たちツアーメンバーはニランジャナスクールや孤児院の子どもたちに出会いに行って、そこで多くの幸せな時間を過ごすことができました。  でも一歩町に出ると、金持ち日本人の私たちに向けて沢山の手がのびてきて、インド滞在中出会った何十人もの子どもたちやおばあさん、おじいさんたちを、私は無視することしかできませんでした。お金をあげることがその人たちのためにならないということはわかっていても、その人たちから目を反らし、声を聞かないようにする自分の行動は、まるで彼らの存在を受け入れないで否定しているように思えてとても辛く、自分の無力さが悲しくなりました。  

ツアー中何度も、言い方は悪いかもしれないですが自分が動物園のようにそこに生きる人々のことを見ていることしかできないことに、嫌になることがありました。自分がそこに立っていることも嫌で、写真を撮っていることも嫌で、逃げ出したくなる感情にも何度も襲われました。

 けれども、現地で子どもたちや貧しい人々のために、大変なことや危険な目にあっても力強く活動し続けるシッタルダさんやあきよさんはじめニランジャナのスタッフの人々に深い感銘を受けました。  孤児院にいる子どもたちは皆幸せそうで、いつも笑顔でした。でもあの子たちの笑顔は、シッタルダさんが行動を起こさなければそこにはないはずだし、スタッフの人々の活動がなければまた、そこにはないはずです。貧困という問題はとても大きく、根深く考えていても途方もないもので、ツアー中わからなくなることばかりでしたが、少しの人からでも笑顔にし、考え行動することをやめない皆さんの姿を見て、自分も逃げること目をそらすことだけはせずに小さな一歩一歩であっても信じて行動し続けようと強く決意しました。

   日本に帰国してみると、すぐにまた日常が戻ってきて、インドでの日々が日に日に日本での毎日に埋もれていってしまうことがなんだか寂しく感じます。  ですがインドで感じたこと、出会った人々の言葉、沢山の笑顔・・・そういったものをしっかり心に留め続け、これからの人生を歩んでいきたいと思います。

   ギリギリまで参加を迷っていたこのツアー。今は大学2年の春に参加することができ、本当に良かったと思います。ツアー参加を後押ししてくれたすべての人、ツアー中支え導いてくださった皆様に心から感謝申し上げます。  本当にありがとうございました。

 

 =========

 三村望

 3月18日(木) ジープで一時間かけてブッダが6年間修業したというマハカラケープの洞窟に行く。

  洞窟までの道には、山のふもとの村人たちが毎日やってきてものごいをしている。 それが、一人や二人ではなくてみちなりにずらっと並んでいて、あんまり大勢いるものだし 少しこわくて、わざとっぽい気もして 無視をするしかなかったのだけど私も、みんなもお金を与えることはなかった。

  でもあきよさんは苦しそうに小さくうめくガリガリのおばあさんと、 目の見えない男の子にお金を渡していた。 おばあさんは道に毛布を敷いて、頭からかぶって、手だけ出していて「バブーバブー」とうめいていて、 男の子は道の真ん中に立って、あごのしたで両手を合わせて、ストイックに物乞いをしていた。

  ほんとうに仕事ができないひとには、施しをするのがインドの風習らしいけれど 、この暑い中で物乞いをするのだから、どの人もほんとうにお金がないし仕事がないのだとあきよさんは言った。 」

   インドにいる間、私はこういった日記を寝る前に書いていた。そしてとにかく、忘れないように消えてしまわないようにと、持ってきた大きな一眼カメラのシャッターを切り続けていた。  

   貧困に苦しむ村を訪問したとき、村のこどもたちはみんな、文字通りボロをまとっていて 髪もくちゃくちゃで、ハナミズもたらしてたりして、チョコをくれなどといってついてきて 、汚くって、なせだかたくましかった。でも手を繋いでくれたとき、その手がびっくりするほど小さくて、 ああ、やっぱり子どもなんだなあ、とか思ったり。

   「インドに行くと、価値観がかわるよ。」と人に言われて行ったインド。 ニランジャナや村やインドそもののイメージはもっていたので、周りの人たちが言うようにインドへ行った事で価値観ががらりと変わるということは無かった。ただ、自分の価値観がどうだ、というよりここで会ったたくさんの感動をくれた人たちに何ができるのだろう、ということを今でも考えている。 だから、やっぱりインドに行って、ニランジャナに行って、ツアーメンバーに会えて本当に、本当に良かったなあと思っている。ありがとうございました!  

  =========  

   2010春のスタディツアー(3/10〜24)に参加して     

     小田寿夫  出発の前日は積雪だった。大事をとって急遽日航成田に宿泊することにした。帰国後は気温8度辺りで推移している。  インドでは35度ぐらいであったろうか。時ならぬ夕立以来、夜の冷え込みは消え、一段と暑さを増したように感じた。彼我の落差はまるで夢から覚めたような気分にさせる。

  サバイバルゲームのような生業から解放され、2008年の2月にインドを目指した。西遊旅行社の「仏跡参拝ツアー」だった。紺碧の空に浮かぶヒマラヤに迎えられ、整然と区画された緑の田畑が無限に続く大地の中に降り立ったのだった。

  デリーからバラナシに移って様相は一変した。道にあふれる人、人、人。それを縫って走るサイクルリクショーやオートリクショー。すさまじい警笛を鳴らしながら割り込む乗用車、トラック、オートバイ。牛がわがもの顔に歩き、多くの犬が寝転んだり、ゆっくり歩いたりしている。猿もおれば、カラスもおり、ロバの車も牛車もある。時にはラクダも像も見かけた。折しもサラスワティのプージャとかで、夜にはアップテンポの音楽が鳴り響いた。古代と現代、人と動物が渾然一体となり、しかも独特の匂いを放っているインドに魅了された。  

 ブッダガヤ、ラジギール、パトナ、クシナガル、ルンビニー、シュラバスティ、ラクナウと釈尊のゆかりの地を訪ね、ひたすら額ずき感謝の誠をささげた。よく帰ってきたなという釈尊のお声が聞こえたようで、2500年前私は確かにこの地にいたと納得してしまった。  ルンビニーのマヤ堂前の祠を守っていたバビールという少女、ティラウラコッタで私を離さなかったオングラパスという少年、サヘートでずっと私的ガイドをしてくれたナガという青年僧は忘れられない存在で、再開したいと思っている。  

 中でも気になったのが、スジャータ村のストーパ見学の際、付きまとって説明を聞かせなかった物乞いの子供たち。  帰国後、「スジャータ村、ニランジャナ」でリサーチし、ニランジャナスクールと、セワサンガにたどり着く。そしてついにShamaでシッダルタさんと章代さんにお会いすることができたのだった。  

 前回の旅行で、同じ場所でじっくり見学したいという願いを持っていた私にとって、スタディツアーは願ってもないイベントだった。年齢も顧みず半ば強引に参加。同行の十人は誰もみな優しく、私のダジャレもさりげなく受け止めてくれる。かつ社会参加に意欲的で、私がこの年代のときはどうだったろうかと大いに反省させられた。

  問題のストーパはレンガ葺きになり、周りには柵が設けられて近づけないようになっていた。観光客の姿も子供たちの姿もない。物乞いの子供に囲まれながら、前正覚山を遠望したのは幻だったのか。ニランジャナスクールとこんなにも近かったのか。

  2年前と比べて、この村もインド全体も少し豊かになっていると感じた。豊かな国土と資源と人口、そして民主主義体制、確かなIT技術。IMFの購買力平価で換算した名目GDPは2006年に日本を抜いて世界第3位になっているはずだ。やがては私たちのように他国の貧困対策のボランティアを大々的に展開するようになることだろう。  

 しかし、ドゥンムリ村のように砂地で農業のできない村があり、ゴンガリア村のようにハリジャンとしての独特の習慣を守ろうとする村もあるそうだ。裸足の子どもが多く、学校に行くこともできない。ヒンズウ原理主義に利用される政治的マフィアが横行し、現に村が襲われ、線路が爆破された。ニランジャナスクールや孤児院は彼らの恰好のターゲットになっている。何としても守りきらなければならない。私には祈ることしかできないのがもどかしい。物質的に豊かになれば、社会の仕組みも変化し、カースト制を維持しようとする勢力とは摩擦が増していくことだろう。社会の仕組みを選択していくのは国籍を持った人の役割であって、私の立ち入るところではない。ただ人としてのつながりを大切にしたいと願う。

   サラスワティへの力強い感謝の歌から始まるニランジャナスクールは活気に満ちている。勉強する楽しさで、どの生徒の瞳もとても強い光を放っている。粘土の授業で汚れた机を拭こうとしていた私から雑巾をとって自分たちでさっさと拭く。ポンプで雑巾を洗おうとしているとポンプをこぎに来てくれる。日本よりも思いやりが細やかだ。この心を大切にして真に豊かな社会を作ってほしいと願う。  

 ヒンズーコミュニティーである孤児院は更に素晴らしい。朝の祈りから一日が始まる。勉強、作業や遊びと6歳の子どもでもてきぱき自分のことができる。少し知的障害のある子どもも、皆とうまくやっている。皆助け合い、協力し合っている。実の兄弟以上の関係である。夜にはまた祈りがあり瞑想がある。瞑想は祈りの歌に合わせた踊りになる。シッダルタさんの歌、キショウールさんのドラムがいい。ある種の忘我恍惚の境に入り、一日の心の洗濯ができる。そして夕食。微かな電燈の光の中での夕食であったが、私の人生の中で、一番輝いた、美味しい夕食であった。子どもたちは、寿夫さん、寿夫さんと呼んでくれた。この響きも今までで一番心地よい響きだった。  

 日本がそうであったように、この村もこの国も豊かになっていくだろう。しかし、金持ちが天国に行くのは針の穴を通るより難しいと聖書にもあるように、物質的豊かさは必ずしも精神的豊かさと比例しない。豊かな心を陶冶するには、心の訓練が必要だ。このコミュニティーの子どもたちはその訓練をしっかりとしかも自然にやっている。人の心の痛みがわかり、芯は強くしなやかだ。彼らの立ち居振る舞いは自然と周囲の人を感化していくだろう。彼らは間違いなく地域社会のリーダーになるだろうとオカズさんとの話の中で確認できた。  

 マハーカラケイブとスジャータテンプルは前回行かなかったところだ。釈尊成道前6年間の苦行の場、思わずひれ伏してしまった。この恩に報いることなど到底できないと思いつつ、たとえ1gでもお報いしようと誓ったのだった。スジャータテンプルでは額ずいて祈った。その晩時ならぬ雷と雨があった。感応があったと一人うなずいていた。

  キッチンガーデンへの散歩があった。お父さんから畑を受け継ぎ、そこを瞑想の一大拠点にしたいと語るシッダルタさんがとても印象的だった。世界を飛び回り、寄付を募るシッダルタさんの一番好きなことは、独り静かに神と対話することなのだろうと思いながら聞いていた。ここで心を鍛えた人が必要とされる場所で力を尽くし、その輪を大きくしていく。その願いは必ず実現していくだろうと妙に確信めいた思いに駆られた。帰りに一本の大きな菩提樹?が聳え立つレストランの用地を通った。  

 教育、農業改良、医療、女性の自立支援のための縫製技術の習得プロジェクトがあると聞いた。教育では待機児童の解消のための施設拡充の問題、教員の給料の問題があり、農業改良では、砂地の改良もキッチンガーデンの促進もまだ途に就いたばかりという。医療は今回聞けなかったが、課題はあることだろう。女性の自立支援に関して、あるNPOがたとえば3000円の製品を作ったとすれば、現地へは300円しか支払わないという契約を交わしていると聞いた。2700円は組織の持続的発展に使われるらしい。NPOとはノンプロフィットではないのか。資本の論理をここまで持ち込んで恥ずかしくないのだろうかと思ってしまった。今後ニランジャナが有名になればなるほど、いろいろと利用しようとする組織や人が増えてくることが予想される。しかしそんなのに負けるわけにはいかない。  

 今回の旅で学んだことは、持続可能な成長発展のためには、自前の経済基盤の確立が喫緊の課題ということだ。そのためには、ゲストハウスとレストランが一日も早く軌道に乗ることだろう。億万長者を見つけてぽんと寄付をさせれば簡単に実現するかもしれない。しかしニランジャナの行き方にはふさわしくないような気がする。私としては小さな真心を結集させたいと思う。そのために何ができるか真剣に考えている。  今のようにニランジャナに関わる自分を不思議に思っていた。この地に来て皆に触れ、シッダルタさんのお父さんやお母さんにまでお目にかかり、分かったことがある。それはシッダルタさんの子どもたちを自立させたいという強い強い思いがものすごい光となり、吸引力となっていて、その力に吸い寄せられてやって来たということだ。そのことに感謝し、ベストを尽くしたいと願っている。

 

 

 ===========

 福井健悟

 感想

 今回のツアーに参加して一番良かったと思うことは、様々な人たちと出会えたことです。 インドに行くと人生観が変わるといわれますが、私は今回のツアーを通して出会った人たちに影響されて人生観が変わった気がします。 NGOで働く人たちとの出会い。 シッダルタさんや章代さん、ニランジャナスクール、孤児院で働く人たちに生きがいを尋ねると、ほとんどの人たちが、「誰かのためになること」とおっしゃっていました。

  ただそう思うだけでなく、実際に、誰かのためになって、困っている人々を救いたい、と行動されている姿は、私にとって、すごくインパクトがありました。自分のことばかり考えがちな自分が恥ずかしくなり、こんな生き方もあるのだなと、本当に感銘を受けました。また人は無力ではないということを学ぶことができました。

  シッダルタさんは、子供たちのために学校を設立しようとして、様々な人たちの協力によって実現して、実際に子供たちがその学校に元気に通っている。行動したら、世界を変えていくことができるんだと、本や映画からではなく、肌で実感することができました。  スタディツアーに参加した人たちの出会い。

  今回のスタディツアーに参加した人たちは11人。みんな意識が高く個性的で、ユーモアがあって、楽しく旅をすることができ、とても刺激を受けました。

   ニランジャナの子供たちとの出会い。 ニランジャナの子供たちはとても勉強熱心で、頭がよく、心が優しくて、元気でした。夢を実現していく力があるように感じました。 村や町の子供たちの出会い。

  村の子供たちは、本当に人懐っこく、私たち日本人をみかけるとハローハローと手を振ってくれます。しかし着ている服がボロボロな子が多く、物乞いをしいる子、働いている子も多くいました。村の子供たちは二ランジャナに通っている子供たちよりも遠慮深く、まだまだ改善していかなければならないところがあると感じさせられました。 とにかく出会った人たちにありがとうといいたいです。

  本当にありがとうございました。

  ============== 春のスタディーツアー(’10/3/10-3/24)感想

  神戸大学2回 鈴木千歩

 

   この2週間で感じたことは、誰しもそうだと思いますが、たくさんありました。私は今までいわゆる『途上国』に行ったことがなかったので、余計そうでした。

   空港から一歩出た瞬間から、日本とは違う空気、匂い、クラクションの爆音。驚きの連続でした。カイロではその違いを、のんきに「インドっぽーい!」と思っていました。しかし、寝台列車に乗って、ガヤへ着くと、もはや恐怖でした。人の多さとか、彼らの視線とか、行動とか。物乞いの子供たちから目をそむけることしかできない自分とか。アイス売りの少年と幼い妹を連れた女の子が同時に物乞いをしに来た時、学校へ行きなさいと教え、アイスを買って少女にあげたあきよさん。とても忘れられない行動でした。

  人見知りな私は、孤児院へ行くのも怖かった。しかし、日を追うごとに、だんだん慣れてきて、村に住む人も、もちろん子どもたちも、大好きになりました。「ハロー!ハロー!」と言いながら手を振ってくれる村の子。いつもにこにこばたばたしている孤児院の子。変な着メロ鳴らしまくってるプリンシパル。マハボディ寺院で出会ったチェキ大好きな修行中の少年。いつもさわやかなおかずさん。喧嘩してるようで仲良いあきよさんとシッダルタさん。出会う人出会う人みんないい人でした。

  現地の厳しい現状も目にしました。たくさんのお話もきかせてもらいました。何をすべきなのか、何ができるのか、実際に目の当たりにすると、複雑な問題なのだと身にしみて感じました。

  いちばん記憶に残っているのは、やっぱり事故です。わたしが体調を崩して他のメンバーといっしょに移動できなかったために、本当にたくさんの方に迷惑をかけました。いい経験ができたとも思っていますが。しかし、申し訳ないことをしました。体調管理はしっかりしないといけないと思いました。自分の授業もできませんでしたし。元気がいちばんです。

  2週間、ありがとうございました。

 

===============

:2009年9月



ニランジャナと出会って
大阪大学 3回 島津 真理子

今回このツアーでインドに行くというのは海外渡航経験が1回しかない私にとってはとても勇気がいるものでした。しかもインド…両親も不安がっていたし、もちろん私も想像がつかない分かなり不安でした。衛生面や生活は大丈夫なのか、病気にならないのかな…等など、行く前は正直不安の方が大きかったです。でも行ってみて、実際に現地の人々と触れ合って、良くも悪くも今までイメージでしかなかったインドの本当の姿を知ることができました。日本では絶対できない貴重な体験が出来る、それがこのツアーの良いところだと思います。

インドに出発する前に、学校の授業の関係でインドが抱える問題について考える機会がありました。花嫁の持参金絡みの問題や人身売買の問題、大きな経済格差の問題など突き詰めて考えていくとすべての根底にあるひとつのキーワードが浮かび上がってきました。それは「教育」です。日本では中学校までは義務教育としてほぼすべての人が当たり前に教育を受けることができます。モラルや社会の常識を身につける大事な制度だと思います。しかし、インドではそれが当たり前ではありません。日本と違って人口の多い国だし、すべての子供を教育するのは経済的にもあまりにも難しいのです。そんな中、今回訪れたブッダガヤはインドで最も貧しい州であるビハール州にありました。他の州でさえ完璧には出来ていない教育をビハール州の、しかも都心から離れた村で行っているニランジャナスクールはどんな所なのか期待しながら向かいました。

まず驚いたのが建物です。想像以上にしっかりとしていて、黒板も机もありました。子供たちは近辺の17の村から通い、300人以上在籍していてみんな同じ制服を着、クラスは幼稚園のクラスから高校のクラスまであって学校としてしっかり成り立っていました。校長先生や他の先生たちに話を伺うと、子供たちを心から愛していること、教育に対してとても熱心であることがひしひしと伝わってきました。子供達も授業をとても真面目に、でも楽しそうに受けていました。英語の学習をし始めたクラスの子供たちはつたない英語で話しかけてくれたり、高学年の子供たちは日本の学生とは比べ物にならないくらい流暢な英語で話してくれたりして嬉しかったのを覚えています。子供たちの中には日本語を知っている子供もいて、ひらがなで自分の名前をかいてくれて驚きました。

また、ニランジャナの孤児院も訪問しました。学校とは少し離れたところにあって、村人のための無料の診療所も併設していました。ここに住む孤児達とはツアー中に話したり遊ぶ機会が多かったのですが子供達みんなが元気で明るくて兄弟のようで、じゃれ合ったり年上の子が年下の子の勉強をみてあげたりしているのを見て、すごく微笑ましかったです。

スクールを見て思ったのは、日本の設備の整った学校と比べるとまだまだ環境は十分ではないけれど子供たちの勉強に対する意欲や先生達の教育への熱意は日本の学校以上であるということ、そして孤児院の子供達や学校に来る子供達を見て思ったのは心が豊かであるということです。子供達のキラキラした笑顔や、物質的には決して豊かであるとは言えないけれどその中で夢を持ち一生懸命勉強して成長している姿はこの子供達の未来が開けていることを感じさせてくれました。 インドについて知り、考えるきっかけを与えてくれたこのツアーと引率してくれた山中さんや15日間支えてくれたツアーメンバーにとても感謝しています。本当にすごく楽しかった!学生の間にこんな貴重な体験をすることが出来て得した気分です♪これからも日本から出来る支援について考えていきたいと思っています。

:2009年9月

会社員

高嶋佳菜子

約2週間のインド。一言で言ってしまうと濃かったです。 私達は凄い守れた環境で過ごしていたから、本当の意味でのインドとは言えなかったかも知れないです。だけど、写真に残さなくても心に残る風景や光景に沢山遭遇して。カメラ越しじゃなく、ちゃんと自分の目で心に頭に焼き付けたい。そんな風に思う事がいっぱいいっぱいありました。 それ位、インドは色んなごちゃごちゃや思いが交差している国でした。 一緒に過ごした仲間も最高で、本当に楽しかったです。またインドに帰りたいです。

後悔する部分も沢山ありました。私は英語も全然出来なくて、他の人たちに比べあまりコミュニケーションが取れなかったです。自分から言葉の壁を作ってしまっていたと思います。

そしてニランジャナの子供たちは本当に本当に可愛いかったです。大きくて真っ直ぐな瞳。何をしてあげれたか正直解らないけど、子供たちにもらった笑顔は忘れません。

このスタディツアーに参加して多くの出逢いのきっかけをもらいました。本当に感謝します。有り難うございました!



:2009年9月

関西学院大学 総合政策学部1年

松尾多佳子



『インドへ行って良かった!!ニランジャナの子どもたちと会えて良かった!!』 インドから帰ってきて、ただ素直にそう思いました。

体調を崩して、辛い時もありました。たくさんの物乞いにあい、胸が苦しくなる時もありました。お湯が出ない…そんなカルチャーショックもありました。でも私は今回のスタディーツアーに参加して本当に良かったと思っています。

それは、日本ではなかなか味わえない、多くの愛と自由が溢れていたからだと思います。

ニランジャナスクールでは、 先生が子どもたちを自分の子どものように愛します。 子どもたちは先生を親のように愛し、尊敬しています。 先生同士も、本当の兄弟のような関係です。

孤児院では、子どもたちは本気でケンカし、そして思いっきり遊ぶ姿が見ることができました。先生と一緒にお祈りしたり、歌ったり、踊ったり。そんな姿は、まるで大家族でした。少し羨ましいぐらいです。

ニランジャナでは、貧しくて医療を思うように受けられない人々のために、クリニックを設けられていました。そして女性の自立を目指すために、裁縫教室も開かれていました。助けを求めている人々に積極的に手を差し伸べる、ニランジャナとそれに関わる全ての人の愛を感じずにはいられなかったです。

そして何より、スタディーツアーのメンバーを快く迎えてくれました。そして、常に私たちを気遣ってくださり、距離感のないホスピタリティーには感動しました。子どもたちもすぐに名前を覚えてくれて、訪れるたびに屈託のない、最高の笑顔を見せてくれました。そんな笑顔に、私は毎日心が満たされ、幸せな気持ちになりました。

ニランジャナ以外でも、私は愛を感じた経験をしました。 それはマザーテレサの家の、障がいを持った人の施設でのボランティアの時です。

そこには、精神的な病を抱えた人、大きな傷を抱えた人、おじいちゃん、おばあちゃんがいました。午前中のみのボランティアだったのですが、自分なりに少しでも愛を伝えたいと思い、たくさん体をさすったり、笑かしてみたりしました。そうすると、皆さん笑顔を見せてくださりました。そして何度も何度もキスをしてくださりました。皆さんの精一杯の愛に、少し涙が出そうでした。

そしてインドの大きな魅力。自由!! 「周りは気にしない」そんなインド人の堂々とした姿はとても印象的でした。 周りを見渡せば、牛・ヤギ・ニワトリ・人・車・オートリキシャー。文明と自然が当たり前のように共生している様子もかなり衝撃的でした。自由というか、適当なインド人の性格にもたくさん笑わせられました。

確かにインドには貧困問題や、格差問題があります。 街に出れば、両手いっぱいに買い物している人や、食べ過ぎで体格のいい人がいれば、ボロボロの服を着た物乞いをしている人もいます。都会に行けば行くほど、それを目の当たりにすることができました。しかし、述べてきたように日本ではなかなかない愛をいっぱい感じました。たとえば、ニーマ村という貧しい村へインタビューに行った時、そこではコミュニティーの絆の深さ、家族愛を身にしみて感じました。

ところが、やはりニーマ村では医療や教育が行き届いていない現状と、それに対する強い訴えが村人からありました。そして、インドでは物乞いしないと生活できない現状があることも知りました。つまり、まだまだ愛や助けを求めている人はいるということです。

今の私には彼らに直接的に何かをすることはできません。しかし、時間は掛かるかも知れませんが、せめてニランジャナに恩返ししたいと思っています。ツアー中は常に笑顔でいること、そして相手の笑顔を創ることで愛を表現し、返していました。ツアー後は、より多くの人にこのスタツアと、その素晴らしさを伝えることや、スクールに給食と運動場がないという問題に対するアプローチに関わることで、恩返しと愛を伝えられればいいなと思っています。

ニランジャナが与えてくれた、多くの出会いと愛に心から感謝します。 そして、歌声が素敵なあきよさん、個性豊かなメンバー、常に笑顔をくれる先生方、愛しい愛しい子どもたち、インドで出会った全ての人に、「ありがとう」を伝えたいです。



:2009年9月

大阪大学 外国語学部 3回

瀧嶋 和泉



今回このスタディツアーに参加できて本当によかったと思いました。出発前はまだ2回目の海外で、初めてのインドで、2週間も居られるのか不安だったけれど、帰国する頃には、もっと居たい、また来たい!と強く思いました。こんな風に思えたのは引率してくれたあきよさん、ニランジャナスクールや孤児院の子供たちと先生やスタッフ、そして一緒に2週間過ごしたツアーメンバーのみんなのおかげです。このツアーで出会った人みんなに、ありがとうの気持ちでいっぱいです。

この旅の思い出イコールニランジャナでの思い出と言えるくらい、ブッダガヤでの1週間は私にとって印象深いものになりました。最初のゴミゴミしたデリーとは全く違って、自然に溢れ、のんびりしたブッダガヤの風景はすごく落ち着いたし、何よりスクールや孤児院で子供たちと過ごす時間はただただ楽しかったです。それに子供たちのキラキラした目がすごく印象に残りました。私たちが作った授業を一生懸命聞いてくれたスクールの子供たち、一緒に遊んだ孤児院の子供たち、道端で声をかけてくれた子供たち。みんないつもキラキラした目で笑顔で接してくれました。だから自分も日本にいる時よりも笑顔で過ごせたと思います。

そして、ニランジャナスクールは私の想像していたものよりもずっと素敵な学校でした。“寄付で成り立っている無料の学校”と聞いて私は、もっと小さくて貧相で、少し悲愴感すら漂うものをイメージしていました。でも実際に行ってみて、そのイメージは覆されました。立派な校舎に教室があって、お揃いの制服を着た子供たちはとても嬉しそうに学校に通っていました。勉強がしたい!という一心で遠い村から長い時間をかけて学校に通い、勉強ができることに喜びを感じている生徒たちと、その生徒たちに愛情を注ぎ、子供たちに教育を受けさせてあげたい!という情熱に溢れた先生たちの関係は本当に素敵だと思いました。

「学校は庭、子供たちは植物、先生たちは庭師。愛情を注げば子供たちはよく育っていく。」というプリンシパルの言葉通りの素晴らしい場所でした。けれど同時に、この学校が抱える課題や厳しい現実も知りました。子供たちのための給食、グラウンド、そして先生たちに十分な給料が払えていないこと。ついつい子供たちの方にばかり目がいっていたけれど、先生たちにもそれぞれ支えなければならない家族がいるということをプリンシパルの話を聞いて気付かされました。そして自分たちの生活が苦しくても、子供たちのためにこの学校で働き続けたいという先生たちの想いに改めて感動しました。

世界には様々な理由で教育を受けられない子供がたくさんいるということは、今までにも学校の授業やメディアを通して知っていました。でもやっぱりどこか他人事でした。同情する気持ちはあっても、自分にできることなんて何もないだろうと思っていました。でもこのツアーで自分の目で見て、直接話を聞いて、子供たちとふれ合って、心から、自分も何かしたいと思いました。今までみたいに諦めるんじゃなく、自分にできることを見つけたいと思いました。それが具体的に何なのかは、まだメンバーとも相談している最中で模索中です。けれど、これからも何らかの形でずっとニランジャナとつながりを持ち続けて、応援し続けていきたいと思っています。そしてまたいつかニランジャナのみんなに会いに行きたいです。



:2009年9月

 大阪大学外国語学部2年

米田藍



日本を発つ3カ月程前までは、まさか自分がインドに行くなんて考えてもいませんでした。今から思うと、その時インド行きを決断した自分を褒めてあげたい気持ちがします。それ程このスタディーツアーは自分にとって形あるものを残し、自分の中で何かを変えくれました。

日本は確かに住みやすく、居心地が良いに違いありません。そのために世界各地で起こる戦禍や飢餓状態も、自分の周囲には起こり得ない、関係ないことのように平和ボケしてしまいます。日本では世界にある他の国の人達のことを考えず、暮らしている人も多くいると思います。少なくとも私自身、そのことで真剣に頭を悩ませたりはしていませんでした。

テレビや本で世界の貧困の実態を見たり聞いたりするのと、実際目にして現地の人と話を交わしたりするのは全然違っていました。子どもや老女、身体に障害を持つ人の物売りや、物乞い…目の前にして初めて、インドにある問題を実感しました。ツアー中そういった場面に何度も直面しました。そしてお金をあげてもきりがなく、その人のためにならないと、そう思えど、少し話をしたら、その目を見たら同情してしまいました。そもそも同情で物を与えるってどうなんだろう?と考えました。同情することは上から目線であるし、される方も辛いと思っていました。だけど彼らは違っているように思いました。赤ん坊を連れたり、自らの生い立ちを話したりして、あえて同情を誘っていました。その時、それが彼らの生きる術なんだと思い、彼らにとって自分達はどう映っているのだろうか、ただお金を持っている、という存在なんだろうか、と考えると胸が苦しくなりました。

物乞いにお金を渡すことは自立を妨げるとか、きりがないとか、逆効果につながる、といったマイナスの意見を耳にします。でも私はもう少し楽に考えたいです。彼らは実際、それで日々の生活を立てているのだ、と。たとえこちらの気紛れの施しであれ、偽善的に思われるようなことであっても、その時、自分が少しでも施したい、と思ったなら、その行為は悪いことではないんじゃないか、と。実際そのお金がその人の元にいかないとか、そういうこともあるかもしれませんが、その時自分に素直に行動できたら良いなと思いました。

ニランジャナスクール、孤児院での約1週間の滞在は私にとって1番充実していて楽しいものでした。最初、たちかわりやってくる日本人を学校の子どもたちは本当に受け容れてくれるだろうかと不安でした。だから子ども達の誰もがとびっきりの笑顔で、握手や挨拶を求めてくれた時、本当に嬉しかったのを今でも覚えています。彼らの顔を見ていると、つい手を差し伸べたくなります。先生に感謝する日、子ども達は私達を出迎え、私達にまで、少しずつ出し合ったお金で買ったお菓子、手作りのチャイをくれました。申し訳なく思いつつも、彼らの純粋な好意に感謝し、有り難くいただきました。プレゼントをもらう先生方も少し恥ずかしそうにしながら、とても嬉しそうでした。孤児院の子ども達と一緒にご飯を食べて過ごすうちに、この場所が本当に居心地良くなっていることに驚きます。ずっと長いこといたように思ってしまいます。孤児院の子ども達には正直驚かされます。幼い子達にここまで人を思いやれるのかということ、彼らはどんなことを感じ、どんな思いで過ごしているのか、ということ。言葉には言い表せませんが、ツアーに参加した者として、今、行こうかと悩んでいる人に是非自ら行って、子ども達と会って、感じてきて欲しいです。彼らは未来をしっかり見据えて、真っすぐでした。そんな彼らを応援したいと自然に思えました。そしてその将来をのぞいてみたい、と思いました。自分にできることは何?そこから考え始めることが、私にできる第一歩だと思います。

最後になりましたが、常に私達の体調を気遣い、希望を聞きながら引率してくださった章代さん、シッダルタさん、おかずさん、ニランジャナの先生方、一緒にツアーに参加して同じ時を過ごして、話あった仲間の皆さん、そしてツアー関係者の皆さんに改めて感謝の言葉を述べたいです。 多くの素晴らしい出会いや経験を与えてくれたこと、心から感謝します。ありがとうございました。 インドに、子ども達の笑顔に、また是非会いに行きたいと思います。

:2008年9月

桜美林大学リベラルアーツ学部 1年 市川詩音

インドという国、ニランジャナの人々、そして旅の仲間に本当に多くの事を教えられた旅でした。 インドには本当に多くの光と闇が存在していると思いました。

ニランジャナの人々は私たちをとても温かく歓迎してくれました。 彼らの温かさに触れるたびに本当の豊かさについて考えさせられます。しかし、 それと隣り合わせに辛い現実や悲しみがあるということを知りました。 様々な理由で家族と暮らすことのできないまだ小学生くらいの年齢の子ども達。 自分の家庭を養えない先生達。「シスター、10ルピー」と私の目を見つめる物乞いの子供たちから 目をそらしただ首をふるだけの自分の姿。物乞われることに慣れ、自分が貧しい人々をインドの風景として どこかで受け入れていることに気づき、ひどくショックだったのを覚えています。

私は自分がただの偽善者ではないか、私に誰かの力になるなんて思い 上がりではないかなど自分への不信感で自分は無力であると決めつけていました。 しかしニランジャナスクールに心から愛を注いでいるあきよさんやシッタルタさん、 校長先生やニランジャナスクールで働いている人々の姿にどれだけ勇気づけられ、 希望を与えられたかわかりません。

特に貧しい人々への自身のジレンマに苦しみ、実際にこうしてインドの人々のために活動するアキヨさんからは 多くのことを学びました。 今回、ツアーの中で寄付についてメンバー内で何度もミーティングをしました。 本当に有意義なミーティングだったと思います。感謝の気持ちをどうやったら相手に 伝えることができるか。相手を思いやるとはどういうことか。 など根本的な視点から話し合いました。こうして相手を想い、 悩むというのが本当の意味での相手を思いやるということなのかもしれないと思いました。

私がインドで強く感じたのは、ここは祈りの国であるということです。 子どもたちは毎日瞑想やお祈りをします。私たちも参加させてもらいました。 満天の星空の下で歌われる祈りの歌に、私は彼らの平和への願いを感じずにはいられませんでした。 そして私も彼ら全員の幸せを願わずにはいられませんでした。

本当に温かい時間を過ごすことができました。 ここでの出逢いを大切にしたいと心から思います。 多くのことを与えてくれた優しい子供たち、 私たちを温かく受け入れてくれたニランジャナの皆さん、 旅の間私たちに本当に沢山のことを学ばせてくれたアキヨさん、 そしてこうしてツアーで出会い、毎日を分かち合うことのできたメンバーのみんなに心から感謝です。

:2008年9月

成安造形大学、造形学部、4年、山本真希


1、ツアー感想
ツアーではスジャータ村のニランジャナスクールに長い間滞在していました。 はじめはデリーのゴミゴミした都会にいたので、スジャータ村のとてものどかで広い 景色に落ち着きました。景色の中には、サリーを着た色鮮やかな人がいたり、牛が渋 滞していたり、頭に大きな荷物を乗せて歩いてる人がいたり、子供たちが走り回って いたり、とびきりの笑顔で手を振ってくれたり、新鮮で美しかったです。

ニランジャナの孤児たちと触れ合うことが多かったのですが、彼らは身近な幸せを本 当に大切に思っていました。私は子供たちに将来の夢をきいていました。皆それそれ 夢の形は違うけれど、貧しい人や困っている人を助けるために働きたいといっていま した。まだ小学校くらいの子供たちからそんなことを思っていることを知って、私は 頭が下がりました。ここにいる子供たちは本当に心が豊かで、人のことを思いやれる 心を持っていて、しっかりとして大人びていて、遊ぶときは本気で遊んで、とても生 き生きと生活していました。子供たちを取り囲んでいる大人たちも、大きな愛をもっ ていて、遊ぶときは地面に転んで砂だらけになるくらい、何事にも本気で挑んでいる 姿を見ることができました。学校にいる時も、いつも笑顔で明るくふるまっている彼 らを見ていて、貧困の深刻さよりも満ち足りている印象を持っていました。

しかし、実際にその笑顔の裏で大きな苦労を背負っていることを知りました。子供を 優先に考えるあまりに、先生の給料が十分でなく、本当にギリギリのところで生活し ているのが現状でした。家族のいる人は家族を十分に養えない、親に頼るしかない、 友人の奥さんの病気の治療費も負担していたり、明日どうなっているかわからない状 態。違う職に就けば、もっと安定した生活を手に入れられるのですが、お金があるな しに関わらず、先生方はここでずっと先生をし続けていたいとおっしゃっていまし た。子供たちが好きで、人と助けることが自分の幸せであると胸を張っておられまし た。そうした先生の姿に感銘を受けました。ここにいる子供も大人も、お互いを思い あう大きな愛でつながっているのだと感じました。だからこそ子どもたちはあんなに もまっすぐなのか、と。

日本で住む私は、物質的に満たされていても、こんなにも豊かな心は持てないと思い ました。綺麗ごとではなく、お互いを思いあっている場所があり、そういう気持ちを 信じられる場所があることに私は驚き、感動しました。世の中は捨てたものではない と思えました。それが一番の衝撃でした。

最後のお別れのときに子供たちは、貴重な紙で手紙をわたしてくれたり、シールをく れたりしました。きっと大事なものの一つだた思うと、皆の優しさが心にしみまし た。私たちからの贈り物に『世界に一つだけの花』をうたったのですが、この歌詞の 意味をとても噛みしめることができました。いっぱいもらいっぱなしの私は、この思 いや経験を、日常生活でも大切に生かしていきたいと思います。

また、インドは物乞いの人が多かったり、何が本当かわからなかったり、寄付とはど うあるべきかとか、気持ちの上でどう整理すればいいのか戸惑うことが多かったで す。ツアーの仲間と話し合って他の人の考えを聞いたり、人に接する姿勢、人として の気持ちの持ち方をに触れることで、学ぶことが多くありました。全体的に本当に濃 いツアーでした。

最後に、これからもニランジャナスクール、そこに関わる人たちがずっと幸せでいら れますことを願っています。そうなるように私も応援していきたいです。 多くのことを教えていただき本当にありがとうございました。

:2008年9月

兵庫県立大学 環境人間学部 3年生 末富由貴



今回このツアーに参加することは、私にとってものすごく勇気のいる決断でした。 初めての海外旅行にインド、今まで顔も知らなかった人たちと15日間も一緒に過ごすことに不安がいっぱいでした。 でも、15日間が終わり日本に帰ってきて感じたのは、このツアーに参加できて本当に良かった、 またすぐにでもインドに行きたいという想いでした。

特に、ニランジャナスクールで出会った人たちは、私が今まで考えていたインドやインド人とは全く違っていました。 貧困で苦しんでいると聞いていたので、どんな状況を目にするのか覚悟をしていたのだけれど、実際に行ってみると、 たくさんの子どもたちが眩しいくらいキラキラした笑顔で迎えてくれて、逆に戸惑ってしまうくらいでした。

子どもたちだけでなく、先生やスタッフの方々もとても親切に良くしてくださったおかげで、 インドでの生活や人々にもどんどん打ち解けてきて、同時にニランジャナスクールに対して愛着もどんどん湧いていきました。

しかし、ニランジャナスクールの財政状況を知って、先生方が苦しい生活について話しているのを聞いて、 今まで目にしなかった本当の現実を見せられたようでショックでした。 自分にできることは何でもしようと思っていたのですが、結局もらったもののほうが多かったと思います。 彼らのために何もしてあげられなかったのではないか、それだけが心残りです。 学校や勉強が大好きな子どもたち、その子どもたちを本当の家族のように愛している先生やスタッフの方々。 私は彼らのことが大好きになったし、彼らがこれからもあの場所にいられるように何かお手伝いをしたい、 彼らとつながっていたいと強く思いました。学生である自分にできることなんてたかがしれているかもしれない。 でも、日本に帰った今、ニランジャナスクールで見たこと感じたこと、そのとき感じた自分の想いを忘れることなく、 少しずつ恩返しをしていきたいと思っています。

最後になりましたが、このツアーに参加して出会えた人々 〜 章代さん、 一緒に旅をしてきた仲間たち、ニランジャナスクールの子どもたち、先生やスタッフの方々、 などなど。15日間大変お世話になりました。たった15日間でこれほど多くの人たちに出会うことができて、 このツアーは私のこれからの人生に大きな影響を与えるものになりました。本当にありがとうございました。そして、また会いに行きたいと思います。

:2008年9月

関西外国語大学短期大学 英米語学科 2回生 渕田めぐみ



私は小学生の時に読んだ海外青年協力隊で活動している方の本をきっかけに、 初めて世界の貧困について知り、その時からずっと興味をもっていました。 しかしボランティアやスタディツアーという形で海外に行くことがないまま学生生活最後の年をむかえてしまい、 行くなら今しかない!と探してたまたまみつけたのがニランジャナのスタディツアーでした。 NGOの活動が実際に行われている現場を自分の目で見たい、感じたい、そして少しでも何かしてあげれたらな。 という思いで飛び立ちましたが、実際に行ってみると、子供たちは想像以上に元気!! 逆に毎日元気と笑顔をもったいないぐらいにもらっていました。

最初は20人近い子供の顔と名前を覚えられるか心配でしたが、一人一人顔にも性格にも個性があって、 帰る頃にはすんなり名前が呼べるようになっていました。みんな本当に優しくて可愛くていい子ばかりで 離れるのがとても辛かったです。スクールのスタッフの方たちもいつも私たちの事を一番に考えて下さり、 楽しい時間をすごす事ができました。

ニランジャナで出会った人たちを一言で表すとしたら、「思いやりのかたまり」という感じです。 本当に本当に大人も子供も純粋な心を持っていました!ニランジャナスクールの先生とのミーティングでは、 先生たちの生徒に対する熱い思いに感動したと同時に、お給料が少なすぎて家族すら支えられないという先生たちの つらい立場を知り胸が痛みました。それでもニランジャナスクールをやめないのは、仲間を生徒を本当に愛しているからだ、 という言葉に、何かせずにはいられないという気持ちになりました。先生あっての学校なので、 本当にどうにかしないといけない深刻な問題だと思います。他にも目で見て肌で感じ、 湧いてきた感情がたーっくさんあります!知ってしまった今、どうにかしたい、何かしたい。 という気持ちでいっぱいです。

それは義務や責任感のようなものではなく心の底から自然に湧いてくる本能? みたいな気がします。また、今回15日間のツアーを共にした日本人メンバーとの出会いにも本当に感謝しています。 ミーティングの度に一緒にたくさん悩んで時には意見がぶつかる 事もありましたがこの事が私たちを大きく成長させてくれたと思います。 ずっと繋がっていたいと思える仲間に出会えて嬉しいです。大切なのは、 今回現地で生まれた感情やその時の気持ちをこれから生きていく上で忘れない事だと思います。

日本からの支援も続けながら、絶対またニランジャナスクールに行きたいです。百聞は一見にしかず!!! 子供と遊びたい!それだけで充分です。みなさんも是非ニランジャナスクールに行ってみてください★ 最後になりましたがあきよさん、シッダルタさん、引率本当にお疲れ様でした。 そしてニランジャナスクールと私を引き合わせてくれて本当に本当にありがとうございました! ずっとずっと力になっていけたらなと思っています。これからもよろしくお願いします!!

:2008年9月

成安造形大学 造形学部 4回生 勝島美耶


私は今回が初めての海外ということで、目に映るもの全てが新鮮でした。 インドは決して安全とは言いがたい国ですが、今回ツアーに参加を したことにより 安心して15日間を過ごせました。章代さん、シッダルダさん、ニラン ジャナのスタッフの方々、 参加者のみんな、本当にありがとうございました。この場を借りて お礼を申し上げます。

孤児たちと一緒に瞑想をしたり歌ったり、ご飯を食べたりと今でも そんな光景が目に浮かびます。 私は今まで全く歌を歌わない人間だったのですが、これを機会に みんなで歌う楽しさを知りました。 孤児たちはみんな明るくて、腕相撲をしているグループを見ると、 僕も僕もとやり出して 気づけばみんなで腕相撲大会になっていたりなんて事もありました。 本当によく遊び、みんな真面目でした。夜になっても小さな明かり を頼りに勉強する子 もいて、その姿が健気で心を打たれました。

こんなかわいい子どもたちが、何故苦しまなければならないのでしょう。 日本でぬくぬくと育ってきた私に、笑顔をくれて、ご飯や水を運ん できてくれて、 おかわりする?と聞いてくれて…。 涙が込み上げました。してあげられる事は精一杯したいと強く思い ました。

学校を訪れて一番衝撃を受けたのはトイレが壊れていたことです。 鍵がかかっていて使えなくなっていたのです。その間、子どもたち はどうするのでしょう。 直すにはどれだけの費用がかかるのか校長先生に尋ねたところ、30万 円必要だという事がわかりました。 ほかの先生方も直したいと思っていますが、運営が厳しい中でこの 多額の修理費はすぐに出せないようです。 フリースクールの運営の厳しさを目の当たりにしました。

デリー、ヴァラナシで、両足がなくとも精一杯生きている人を見ました。 この人を助ける制度は、インドにはまだ無いと聞きます。 学ぶ環境が与えられ、食べ物もあって、生活もある程度保証されて いる日本は、どれほど豊かなのでしょう。 先進国はまずこの実態を知り、自分たちが出している無駄に気づか なければなりません。 このツアーを通して、私たちは日本に戻って積極的に、ニランジャ ナのことや貧困についてを、世の中に訴えていこうと決意しました。

:2008年9月

日本大学4年 宮下阿弓


「日本で私が出来ること」
 
 今回の旅を通して、子供や村の人との心温まる楽しい交流とともに、 「お金」というものについて私はとても考えさせられた。  ニランジャナは学校・孤児院・クリニック・ 裁縫教室などさまざまなことを無料で行っているチャリティースクールで、 このスタディーツアーでは孤児院で孤児達と一緒にご飯を食べたり、生活のほとんどをともにし、 学校で自ら授業をさせてもらったりしたが、その運営は常に赤字続きだという。というのも、 現在のニランジャナの収入源は大阪にあるインドカレー屋さんの収入と全国の寄付金のみ。 しかしニランジャナのあるビハール州にはたくさんの貧しい人たちがたくさんいて、 まだまだ援助の手が足りないというのが状況である。

 私たちがニランジャナに滞在している間、ニランジャナの学校の先生の給料についての 問題が大きな課題として初めて浮上した。話を聞いてみると、公立の先生の給料が少なくて7000ルピーのところ、 現在のニランジャナの先生の給料はなんとわずか1500ルピーだった。 これだけでは先生達は到底生活していけなくて、親にお金を借りたり、なんとか切りつめて生活してきたという。 しかしそれぞれ所帯を持ち、一家の大黒柱として家計を支えている先生達はついに生活の危機に瀕し、 やっとこの問題が浮上した。もちろんこれまでも先生の給料不足という問題意識あったものの、 裸足で学校に来る子供、お腹をすかしている生徒を間の前すると、 自分のことそっちのけで他人に力を注いでしまう、 そんなニランジャナの人らしさが積み重なった現状だと思った。

  この状況を受けて、私たちはミーティングを重ねた。「1円でもいいから今すぐ寄付したい!」 「今すぐしてしまったらお金を渡すことの価値が下がってしまわないか?」 「そんな事いってられない、今彼らに必要なのはお金だ!」・・・。  13人のメンバーにはそれぞれいろんな意見や葛藤があった。 私も自分の考えが何度も分からなくなった。

 そんな中、先生達のミーティングに参加させていただき、 これからニランジャナが自ら収入源を持ち安定した経営を行う為の案を伺う機会があった。 牛を買って酪農をする、オーガニック農業をして生徒の食費をまかない、 さらに野菜を売ることで収入が得られる・・・。様々な案が出されたが牛1頭買うのにも、 農業の土地を買うにも、莫大な資金が必要でどれもこの状況をすぐに解決出来るものではないことが明らかになっていき、 話し合いが進むに連れ、私と友人はとても心が苦しくなっていった。

 日本でも「お金」はとても価値のある、大切な物。だけどスタディーツアーのメンバー のお財布の中にはきっと先生達のお給料の何ヶ月分ものお金が入っているだろう。 そのお金で彼らの生活を少しだけ助けることが出来るが、逆にそんなお金では、 彼らの生活を根本的に救う事は出来ない。少しのお金の大切さと、 少しの力の無力さを同時に突きつけられたような、なんとも言えない苦しさが私たちを襲っていた。

そしてそんな苦しい状況の中で、貧しい人のために無償で教育を続けている先生やスタッフがいつかニランジャナを 離れていってしまうのではないかと凄く不安になり、私はほとんど話せない英語で「私たちも日本から支援することを誓うから、 どうか教育を辞めないでください」と精一杯伝えた。気が付くとボロボロ涙がこぼれてきた。

 するとプリンシパルは、いつもの優しい笑顔で応えてくれた。「絶対に辞めない」と。  それはニランジャナに関わるスタッフ、先生、その家族、生徒、子供達、 そして私たちも全てが家族だからだそうだ。困った人がいたらみんなで助ける、 その時一番最前の事をする、そうすれば神様がきっと助けてくれる。シッダールタさんが学校を初め、 その考えに共感したたくさんの人がビジネスではなく心、 仕事ではなく使命として集まってきたのがニランジャナなんだと感じた。 人の優しさや偉大さに涙が出たのは初めてだった。ニランジャナは本当に温かくって、 にぎやかで、本当に居心地のいい素敵な場所だ。この場所がさらに発展して、多くの人を救っていくことを心から祈っている。

 孤児達は人なつっこくて、本当に可愛かった。 この子達にもニランジャナの孤児院にくるまではたくさんの貧しさや苦しさがあったのだろう。 年齢は様々だが、小学生の子がほとんど。どの子もお母さん甘えたい位の年頃だろうと思うと少し淋しくなったが、 シッダールタさんを初めニランジャナの人の子供への愛情の深さを見るとその不安は吹っ飛んだ。うわべではなく、 偽善ではなく、本当に彼らは家族なんだと思った。今まで神様のことなんて考えたこともなかったし、 ボランティアと偽善という言葉は紙一重だと思っていた。それでも、世界では貧しさに苦しんでいる人がいることは分かっていて、 メディアを通してじゃなく自分の目で貧困や教育の現状を見てみたい!! そんな思いでこのツアーに参加した。このツアーはその思いを満たしてくれるのに、充分だった。ニランジャナの孤児院、学校の子供達との関わりだけに終わらず、最も貧しい村の人との交流会、若者とのミーテイング、孤児とのピクニックは一緒にサッカーしたり本当に楽しかった。子供の笑顔は本当にキラキラしていて、この子達が安心して笑って暮らせるように、日本に帰ったら少しでもニランジャナの事を知ってもらって、力になろう!と心に誓った。それが、私たちを温かく出迎えてくれて、私たちのことを家族だと言ってくれて、いつでも戻っておいでといってくれるニランジャナの人たち、また日本とインドの架け橋となっている章代さんへの恩返しだと思う。

 インドから帰ってきて、日本で私が出来ること。  このツアーで「お金」がどれだけ物質的な物かを感じた。 言葉ではうまく表せないが、「お金」に心はなくて、本当に物質的なもの。 また貧しいのとお金がないのは違うと思った。  日本に帰ってきて、綺麗に整備され道路、何もかもありふれた社会のありがたみを感じるとともに、 少々戸惑ってしまう。が、何も日本がこの発展を辞め、質素な生活をする必要はないと思うのだ。 私たちはそれぞれの毎日を豊かに生きていくべきだ。しかし、食べ物を残してしまうとき、

何かを無駄にするとき、ただぼーっと目的もなく生きてしまうとき、お腹を減らして死んでいく子供がいること、 人生の希望などなく日々生きていくのに精一杯の人達がたくさんいたことを思い出したい。 その気持ちを日本人一人一人が持ったら、きっと何かが変わると思う。  そのために、1人でも多くの人に現状を知ってもらうこと、 小さな力だがニランジャナの会員となって寄付を続けることが、私に出来ること。

:2008年9月

杏林大学 総合政策学部 4年生 黒澤華子


1、インド滞在2日目で「もう日本に帰りたい」と思っていた私が、 最終日には「もっとブッタガヤにいたい。また必ずインドに来よう。」 と心境が大きく変化していた。

それは全てニランジャナの子どもたちと先生方とそしてスタッフと出会ったからだ。 「実際にNGOの現場をこの目で見たい。そして、自分にしか出来ないことを見つけたい。」 との思いで参加したスタディーツアー。そこでは 、本や映像では分からないリアルなインドの姿を見ることができた。 ニランジャナで出会った子どもたちは元気で明るくて、私たちにいつも勇気を与えてくれた。 本当に彼らの笑顔に何度も勇気づけられたのは事実だ。

その一方で、シッダルタやプリンシパルから村の現状や学校の現状などの話を聞けば聞くほど、 村社会の厳しさや学校運営の厳しさなどを痛感した。でも、そういった厳しい現状に負けることなく、 希望をもって前進し続ける彼らの姿に、もの凄い使命感というものを私は感じていた。 「子どもたちに教育を受けさせたい」との熱い想いが、先生方やスタッフ、 そして村人にまで伝わって、学校は成り立っているんだなと実感した。

先生とのミーティングに参加した際、ある先生が「何があっても、 この仕事を続けたい」と答えた。この言葉を聞いたとき、私は涙が止まらなかった。 先生方の情熱はきっと生徒たちに伝わっているはずだから。 私はこの旅で「使命とは何か」と常に自身に問い続けていた。

日本に帰ってもまだ明確な答えは見つかっていない。 でも、まずは身近な人を幸せにすること、そして自分の出来ることから始めようと思った。 私たちはスタート地点に立ったばかり。全てはこれからだ。勇気を出して行動を起こしていきたい。

最後にこの旅で出会えたかけがえのない仲間は、一生涯の仲間になりました。 そして章代さんには、本当に心から感謝しています。章代さんがいたからこそ、 私たちはたくさんの経験をすることができました。本当にありがとうございます。 

:2008年9月

近畿大学 中澤太輔


インド ニランジャナスクールでの感想
ニランジャナスクールの学生は羨ましいな。感想を書こうと思うと、沢山のことが思い浮かびましたが、 その事が一番に出てきました。一体何が羨ましいかと言うと、校長先生や先生方の愛情をこれでもか、 という程に受けていると感じたからです。僕達が訪れた町は、インドでも特に貧困がひどい地域です。 学校に来ている学生も裕福だと言える訳ではありません。 そんな環境の中での先生から学生への愛情には驚かされました。

その反面、先生の給料に驚かされました。その額は1500ルピー(約4500円)です。 インドで、日雇い仕事の人でも毎日働けば1500ルピー(4500円)は超えると聞きました。 大学まで出て、1500ルピー(4500円)しかもらえない状況です。日本の先生の何割が、 この環境で教師をしたいと手をあげるのでしょうか。 この先生達とミーティングを行った時が僕の中で、最も印象に残っています。

「学校で働いていてどんなことを感じているか」 と聞いてみると、先生方は皆「この学校の生徒や先生方は、家族です」 「だから、支援があるとかないとか関係なく辞めません」とおっしゃっていました。 自分の生活が苦しいのに、何故こんなに人の事をおもいやれるんだろうかと感じました。

そのミーティングの最後に、校長先生がお話をくださいました。校長先生がおっしゃっていたことは、 英語だったので詳しくは何を言っているのかは分かりませんでしたが、 校長先生の喋る「声」「表情」「仕草」を見て聞いて、本当に心から先生を、 生徒達を、孤児達を家族だと思って、接しているのだなと感じたとき、 本当に感動して、生徒達を羨ましく感じました。

そして、学校で、孤児院で、必死に勉強している子供の姿を見ていると、 先生方の愛情が子供達にちゃんと伝わっていて、すごくすごく深い絆で、 本当に家族みたいに繋がっているんだなと思ったのです。 ニランジャナスクールにはもう1度行きたいと思います。

:2008年9月

関西大学 秋吉香織


今の率直な気持ち。インド、ブッタガヤ、ニランジャナスクールに帰りたい。
ツアーに参加する前は再びインドを訪れられるという喜びの半面、 初対面の人と2週間一緒なんて大丈夫かな、スタディーツアーってなんか堅苦しいな、 などという不安もいっぱいありました。でも実際参加してみると同じ志しを持った人たちの 集まりですぐに意気投合することができ、このツアーを通じて大切な仲間に巡り合うことができました。 授業の準備や寄付についてのミーティングなど学校滞在中は日々勉強で投げ出したくなること、意見がまとまらないことへの苛立ちが募ることも多々ありましたが今振り返ると良い思い出。様々な人の意見を聞くことの大切さを知り、学校では決して教えてくれないとても大切なものを学べました。

ニランジャナスクールの人たちは大人、子供問わず本当に良い人ばかりで私のインド人 に対するイメージが覆されました(笑)先生方からは子供への愛情を強く感じ、 そして子供たちは皆本当に活き活きと、きらきらしていて思いやりの心に満ち溢れていました。 ツアーに参加する前は貧困地域ということで暗い雰囲気が漂っているのかな と勝手に思ってしまっていましたがそれとは正反対。私たちよりよっぽど心が広く明るく笑顔で 、与えられるものがたくさんありました。

大学在学中に絶対またニランジャナスクールに行きたいです。 今回沢山のものを与えてくれた先生方、子供たちに恩返しがしたいです。 また、自分に日本でできることはきっとあるはずだからニランジャナスクールのためにできることを探して、 これからずっと支援していきたいです。ニランジャナスクール大好きです。

:2008年9月

龍谷大学 社会学部 4回生 上田智恵


スタディツアー参加の感想
 はじめにまず言っておきたいことがあります。 それは、「インド」の感想と「ニランジャナ」の感想をはっきり分けて聞いて欲しい点です。 というのも、私は初海外にインドを選択しました。新聞でよく目にしていた「BRICs」 「IT大国」であるインドの首都は、高いオフィスビルが立ち並び、夜でも明るく、 品のいい人たちが行きかっているというのが私のイメージでした。しかし、 現実は想像以上に衝撃的で・・・。

道路がちゃんと整備されていないのでホコリっぽく空気が悪いうえに 独特のインド臭。交通ルールはあるのかツッコミどころ満載の車間距離や運転テクニック。 日本人と見ると寄ってくる物乞いや物売り。ゴミはそこら中に捨てられ牛や犬があさっている光景。 お湯が急に出なくなる、あるいは元から出る気のないシャワー。予約もしていない列車にズカズカと 乗って来て勝手に席を占領するインド人。神聖な牛につばをかけるインド人。神聖なガンジス河で体を洗ったり 洗濯をして明らかに河を汚しているだろうインド人。右を見ても左を見てもインド人。どこを見てもインド人。 正直言いまして、ぐっすりと熟睡できた日はありませんでした。どれだけ日本が安全で清潔か痛感しました。  

かえるのようにひょこひょこと進む青年、ひざからピンクの身が見えていました。 駅で寝転がっている老人、あばら骨が浮き上がっていました。下半身が機能していないのか、 キャスターをつけた板にのって移動する少年。やけどを負った体を見せて物乞いをする少年。 声を大にして言いたい・・・「なんだこの国は!?」。ここがIT大国?これがBRICs?! 何が本物のインドなのか分からなくなりました。  

ここまでだと私はインドを受け付けないかのように見えますが、 やっぱり合わないとおもいます。ストレスで1週間不正出血をだすほどだったので。  そんな私がもう一度インドに行きたいと思うのは、ニランジャナスクールのあるブッダガヤのみ! です。ゆったりした雰囲気、自然、なによりニランジャナスクールの子ども達、 先生、スタッフの方々に癒されました。

勉強が大好きな子ども達はカメラを向けると嬉しそうに笑顔を見せてくれました。 私たちとあまり年が変わらない先生たちもカバディをするときは子どものように無邪気でした。 中でも一番心を打たれた事は、子ども達も先生もみんな自分より他人を思っている、ということです。 最初にスクールを訪問した時に、各学年からクッキーやお菓子をもらいました。 食べきれないのでどうぞ食べてと差し出しても「これは私たちの歓迎の気持ちだから」と言われました。 普段クッキーとか食べれないのにです。自分の生活も苦しいのに私たちのことを優先して考えてくれる先生との

ミーティングの時はこぼれそうになるものをこらえるのに必死でした。「貧しい人たちのために働きたい」 と考える子どももいました。生活は貧しくても心は豊かなニランジャナの人たち。 生活は豊かでも自分のことばかり考えてしまう私含め日本人の大多数。本当の幸せとは何なんやろ・・・ ニランジャナの星空を見上げ、家族や友人のことを思い出しました。  このツアーで、目には見えない多くのものを得ることができました。 当たり前のことに感謝して、周りに感謝する。インドに行けたこと、中味の濃い2週間にできたこと、 無事に帰ってこれたこと、家族、仲間、すべてに感謝です。

☆インドスタディーツアーに参加して☆

:2008年3月

東京学芸大学1年生 高浜牧子

今、この感想文を書くためにパソコンにむかってはいるものの、いろいろな思いが溢れてきて 何から書けばいいのかわからないというのが率直な感想です。

2週間のツアーの中で沢山の素敵な出会いがありました。 まず、一緒に旅をした日本人メンバー。 自分と同じ価値観や考えを持っている同年代の仲間に出会えたことが本当に嬉しかったです。 またメンバーの中には70歳の男性、30代の女性もいらっしゃって 自分達には無い別の視点からの新鮮な話を伺うことができました。

そして、二ランジャナスクールの先生方と子供達。 インド人は自己主張が強いだとか、約束を守らないだとか日本にはインドに対していろいろ偏見がある気がしますが、 私が今回のツアーで出会ったインド人はみんな優しくてユニークで好奇心に溢れていて、魅力的な方たちばかりでした。 ゲストハウスのスタッフも旅行会社の方も、細かい部分まで気を配って下さいました。

こういう人ばかり章代さんの周りに集まるのは、やはり章代さんの人柄の力も大きいだろうと思います。 もしくは章代さんのまっすぐな思いが周りを変えているのかもしれません。 自分がスポンサーをしている女の子に会えたことも本当に嬉しかったです。

勿論インドでは多くの物乞いの子供達、老人たちにも出会いました。 何もすることはできずただじっと目を見てSORRYとしか言えませんでした。 正直なところ、私思っていたほど心を痛めていない自分にショックを受けました。 日本人としてインドにいると手を差し出す人がいることがあまりにも当たり前で、 日常として受け入れてしまっていたのでしょうか。 しかし、日本という物質的に満たされた国に帰った今、 インドで出会った物乞いの人たちの顔が今さらになって何度も目の前にちらつきます。 私は直接彼らを助けることはできないけれど、 せめて無駄な消費は慎んで、毎日帰る場所と食べるものがあることへの感謝を忘れないでいようと思います。

今回のツアーでは、「ただのゲストで終わりたくない。 このツアーを意味のあるものにしたい。」というメンバー共通の思いがあり、 それぞれが課題を掲げてさまざまな調査、インタビューを試みました。 とても意味のあることだったと思います。

私は二ランジャナスクールのクリニックについてのインタビューを行いました。 何が足りないのか、現状はどうなっているのかだんだんとわかってきました。 これからデータをまとめ、章代さんに送る予定です。 少しでも具体的でよりリアルな情報を公開することで支援者も増えるのではないでしょうか。

二ランジャナスクールの先生方、関係者の方々は、 自分たちの生活もぎりぎりの状態である筈なのに、 常に心のこもった温かい対応をして下さいました。ジープでの送迎、 食事の世話、体調への心配り、危険への配慮、何から何まで頼りきりで感謝と申し訳なさでいっぱいになりました。 彼らの優しさに甘えてばかりいるのではなく、私も何かを返したい。日本からのお客様ではなく、 同じように子供たちを愛し、二ランジャナスクールを発展させていく仲間の一人になりたい。そう心から思いました。

私は今ちょうどスタートラインに立ったところだと思っています。 これから日本で、今回の旅で感じたこと、 見たことを自分の言葉で伝えながらもっと広く二ランジャナスクールを知ってもらい、 支援(という言い方は好きでないのですが) を呼びかけていきたいと思います。 ここには書ききれない複雑で悲しいさまざまな事情があり、 二ランジャナスクールは本当にあらゆる面でぎりぎりの状態です。 先生方も章代さんもシッダルタも命をかけて働いています。 今、スクールの一日も早い自立が急がれています。 お金、お金と言いたくないけれど、スクールが村人たちの手で永久的に運営されていく、 その基盤をつくるためにやはり、まとまったお金が必要であることは事実です。

パンフレットを配る、メディアに紹介する、物資を送る。 私は学生である今の自分にできる精一杯のことをやっていきたいと思います。 その際、私が何をしたいか、ではなく彼らが本当に望むことは何なのか、 ということをいつも大事にしていきたいと思います。彼らの守ってきたもの、 大切にしてきた習慣、文化、そういうものを私も同じように尊重し、 大切にしていかなくていけないし、そうしたいと思うのです。

そして一日も早く海外からの支援がなくても彼らが彼ら自身の手で生活を営んでいけるようになることを心から願います。 そして、子供たちや先生と約束した通り、必ずまたみんなに会いにいきたいと思います。 私は彼らに嘘をつきたくありませんし、今回の出会いを一度きりの思い出の中に埋もれさせたくないのです。 私はこれからも、何らかの形でずっとずっと彼らと繋がっていくつもりです。 支援とかボランティアとかそういうこと抜きにして、友達として人間として、 彼らのことを大好きになってしまったから、どうしても会いたいのです。

インドに行くには多額のお金が必要です。インドに行く余裕があるならばその旅費をスクールに寄付するべきだと言う人もいるでしょう。 本当に彼らの力になりたいならそうするべきだ、と。それは正しいかもしれません。 でも、私は自分の好きなことを犠牲にしてまで寄付をする必要はないと思っています。 私は一人の学生にすぎません。二ランジャナに関する活動は仕事ではないし、 誰かに強制されているわけでもありません。自分が喜んでできる範囲内でやっていこうと思います。 だから私は人に支援を強制することは絶対にしたくありませんし、しないつもりです。 二ランジャナスクールやインドの子供たちについて知ってもらうきっかけを作ること。 そこまでが私にできることであって、そこから何を感じどう行動するかは個人の自由です。

私は小学校の先生になりたくてこの大学に入りました。 このツアーを終えた今、自分だけの幸せを追求するのではなく、 もっと広い視野をもって生きることの大切さについて考えるきっかけを日本の子供たちにつくっていくことが 教師として私にできることであり、役割なのではないかなと感じています。 私は今迷いが無くなり、自分のやりたいことがはっきりわかってとても幸せです。 今回のツアーに関わる全ての方たちと、心配する気持ちを抑えてインドへ送り出してくれた家族に心から感謝しています。 ありがとうございました。

:2008年3月

東大阪大学3回

「サヨナラではなくピルミレーンゲ」

キラキラ光り輝く目!パワフルな力!純粋で正直!
そんな素晴らしいものを持ち、そして第一に思いやりの心を大切にしている。 そんな素敵なニランジャナスクールの子どもたちに出会った。

スクールの門をくぐった瞬間に鳴り響く子どもたちの声。 それは、ヒンディー語!?かと思いきや違う。英語?・・・違う・・「おはようございます」 そう、日本語で私たち出迎えてくれた。子どもたちはお祈りの時間をとても大切にしていた。 今ここにいる事を誇りに感じ、感謝しているという気持ちをこめて手を合わせ、 目を閉じてお祈りしているあの姿は忘れることができない。

私は以前から貧しい国の子どもたちと触れ合い、 教育や貧困について学ぶことを夢にみてきた。 私にとって、このツアーは夢の実現でもあった。 子どもたちに自分が訪れて何をしてあげることができるだろうか? また、ニランジャナスクールはインドで最も貧困が深刻と言われている州に位置しているため、 子どもたちの笑顔も少ないのではないか? 私たち日本人が訪れても歓迎されないのではないか? 正直そんな不安な思いのまま訪れた。

しかし、私の不安な思いなど、すぐに飛んでいった。 子どもたちは広く大きな青空の下で太陽のような笑顔で笑っていた。 私は何を考えていたのだろうか・・と情けなくなった。 私たちが準備した授業どれもすごく興味を持って受け、 熱心に聞き参加してくれた。

勉強することが大好きで、 教育を受けることが当たり前でないことを十分に理解しているからこそ、 一生懸命机に向かって文字を書き続けていた。 数少ないペン、ノート、教科書は彼らにとって本当に宝物であると思う。 唯一の勉強道具であり、夢を叶える為の道具でもあるから。

そして子どもたちの本当に楽しそうな笑顔を見ることができたのはホーリーである。 ホーリーとは日本で言うお正月みたいなものであり、 この日は身分差関係なく染色の粉や色水をかけ合うお祭りである。 私たちは孤児たちとホーリーを祝った。 子どもたちはいたずらっ子のようにはしゃぎ回り、容赦なく私たちにも色水をかけてき、 気づけば見えない絆が生まれているかのように一緒に笑い合っていた。

その時私は、子どもの笑顔は世界を救う。強くそう思った。 孤児の子どもたちは片親に育てられた子が多く、貧しい生活を送ってきた子も多い。 孤児院に来たときは悲しく、どこか寂しそうな顔をしていたそうなのに、今は本当に孤児たち皆、心から笑い合っている。 しかしその背景には、大きな愛で子どもたちを包み込んでいる先生という存在がある。 本当に先生たちも心温かく親切で、子どもたちを心から家族のように愛していることが分かった。

お別れの日、夜空は満点の星。まるで子どもたちの笑顔のようにキラキラ輝いていた。

ニランジャナスクールの子どもたちに出会えたこと。 それは私にとって人生のスタートライン。ここから、学んだこと、得たことをこれからの人生で活かしていきたい。 そして離れていても、日本で出来ることはたくさんある。そのことにも気づくことができた。 いや、きづかせてくれたのである。 私はそんなことを気づかせてくれた子どもたちに「ありがとう」という言葉を送りたい。 見失いかけてた大切な何かを見つけることができた。 だからそんな子どもたちに最後は「サヨナラ」ではなく 「ピルミレーンゲ」と言い、また必ず帰ってくることを誓った。

 日本という平和な国に生まれ、何不自由なく育ってきた私にとって、 インドは地球が引っくり返ったかのように真逆の国に見えました。 交通整備が整っているわけでもない。 お金が十分に足りているわけでもない。 ご飯が毎日必ず3食とることができるわけでもない。 しかし、彼らインド人はなぜか幸せそうに笑い合い、たわいのない話で盛り上がり、 1聞けば10返ってくる。そんなインド人が私は大好きだ。

きっと何か日本人に足りない何かを持っているからであろう。 愛というものの大きさに気づき、愛することの大切さに気づけた旅であった。 これはたくさんの人との出会いによって気づけたと思う。 これからも私はニランジャナスクールと関わっていきたい。 たくさんのことに気づかせてくれて、元気をもらえたからこそ、 恩返しをしたい。そのために伝えたよ「ピルミレーンゲ」

:2008年3月

神戸薬科大学 2回 

2008年春のツアーに参加してきました。日本に帰って2日経って、思うことは早くインドに帰りたい。 もっと子供たちの笑顔に囲まれていたい。 たった2週間の旅だったけれども、 子供たちに授業をして、一緒に遊び、子供たちや学校の調査、村人との教育についての話し合い、 極貧の村に訪問しての話し合い、など一日一日が物凄い濃くて、毎日色んなことを考えずにはいれませんでした。

インドに行って、ニランジャナスクールの子供たちに会ってから、 私の心の中にずっとあるのはスジャータ村の人たち、 子供たちのキラキラした目、笑顔。子供たちの笑顔を見ると私も笑顔になれたし、 元気になれたしこれからもそうだと思う。 どうしてあんなにキラキラしているのか考えていた。 私なりの答えは、子供たちは本当に純粋で、素直にまっすぐ生きていて、 常に一生懸命だからじゃないかなって思いました。そして笑顔の源は、先生たちの愛だと思う。 孤児の子達は親がいなかったり、離れて暮らしていて寂しくないはずがない。 でも、先生たちが親の分まで愛してあげているからあんなに幸せなんだと思う。 先生たちが親で、周りにいる孤児たちが兄弟で、大きな家族ができているんだと思う。 本当の愛を今回のツアーで感じることができた気がする。

インドにいる間、毎日楽しくて常に笑っていれた。 本当に多くの素晴らしいものをたくさんもらった。 こんなに素晴らしいものをもらったのに、私は彼らに何か与えることはできたのだろうか。 私は親も、十分な食べ物も、お金も、あるのに、心は彼らよりだいぶ貧しい気がする。 人を思いやる気持ち、本当の意味で愛する気持ち、私にはかけていたと思う。 でも自らその気持ちに触れたことにより、気付けた。 だから私もニランジャナの先生たち、 子供たちがくれた愛情・思いやりを今度は私が周りの人に与えていければと思います。

そして、これからもずっとニランジャナに関わっていきたい。 力になっていきたい。そのために日常生活で、 自分に何ができるのか考えて行動していきたいです。 まずはより多くの人に、知ってもらえるように、自分の見てきたこと、 感じたことを伝えていきたいと思います。

最後に今回の旅で色んな出会いがたくさんあって、そのすべてに感謝しています。 ツアーメンバーからも多くのことを学ばさせてもらいました。 これからの考え方、生き方に大きな影響をもたらしたすばらしいこのスタディーツアーに感謝でいっぱいです。 また必ずニランジャナスクールに帰ります!! 今度は私が何か彼らのためになりたいと思います。

:2008年3月

大阪大学 外国語学部 国際文化学科
 開発環境専攻 専攻語ヒンディー 二年

ニランジャナスクールの子どもたち、特に孤児院の子どもたちは、 ごく自然に人を思いやることが出来ます。偽りの無い笑顔を向けてくれます。

みんな勉強熱心で、子どもたちから学ぶ所がたくさんありました。 そして、そんな子どもたちを教育する先生方もキレイな心と瞳の持ち主で、 子どもたちの為に悩み、一生懸命尽くそうとする姿に、私もかなり影響されました。

子どもたちは、それぞれの夢と可能性を持っています。 日本の子も、インドの子も、アフリカの子も…本来はみんな同じように夢と可能性を持っているはずなんです。 今まで生きてきた環境や経てきた辛い経験が、夢を抱く事を諦めさせているかもしれない。 孤児の子どもたちも以前はそうでした。でも、周囲に支えられて、彼らは次第に笑顔と夢を取り戻し始めました。 子どもたちの夢を応援し、可能性を見出すことが出来るのは、私たち大人なんです。 そして、そんな大人になることが私の夢である、と再確認できたスタディーツアーでした。

:2007年9月

名古屋大学医学部医学科4年

9月5日からニランジャナスクールを訪問させていただきました。 ありがとうございました。

医療へのアクセスがあるかないかというのは、 「貧困」か否かを決めるとても大きな要素のひとつだと思いま す。 その点で無料診療を、しかも週3回で行うというのは、 本当に大きなことだと思います。 機会がありましたら、また是非訪問させていただきたいです。 そのときにはなにか自分に提供できる技術や知識がひとつでも あれば、 お手伝いさせていただきたいと思います。
学校の都合もあり、滞在できる期間が当初の予定より短くな ってしまい、医療関係の事について見せていただく時間がなく なってしまいました。せっかくそのような機会をご用意してい ただいたのに、申し訳ありませんでした。また、イン ドに行く機会があれば是非訪問させていただきたいと思います 。(今回、初めてのインドでしたがすっかりはまってしまいま した。)

子供達の楽しそうな姿や、真面目に勉強している様子が印象 的でした。自分の小学生のころより遥かに静かで、皆熱心に勉 強をしているところに少しショックを受けました。

また、学校にきれいなトイレがあるのを見てとても驚いたの ですが、しかし日本でそれは当たり前のことです。そこで驚い た自分を省みてはじめて、日本とインドの衛生環境のちがいを 当たり前なものだと思ってしまっている自分に気がつきました 。

 私が医学生だという話をしたら、衛生環境とか病気について のアドバイスを求められたのですが、試験を乗り切るための勉 強しかしてこなかった私には何一つ有意義な話をすることはで きませんでした。今度訪問させていただく機会があれば、学校 や地域に少しでも貢献できる知識や技術を持っていけたらと思 います。
 このような機会をあたえていただいて本当にありがとうござ いました。




:2007年3月

奈良大学 文学部 文化財学科 3年

2007春のスタディツアーに参加して一番感じたこと、「それは自分とはどういう人間なのか」という事です。 22年間日本で暮らしてきた私にとって、インドでの10日間は非日常的であり、かえってそれが自己を見つめるキッカケになりました。 ツアーに参加する前は、孤児=可哀想というイメージであったし、教育が不十分なインドの児童達に私達の授業が分かるかな?という疑念がありました。 しかし実際は、孤児達は1日中元気で、誰一人悲しみを訴える事はありませんでした。私達と触れ合っている時の孤児達のあふれんばかりの笑顔は、太陽の光のように眩しくて忘れる事ができません。ただひたすら前を向き続けている生の力を感じました。 また、授業を理解してくれるだろうかという不安も一瞬にして消えました。自立をテーマにした男女混合のグループワーク。児童にとって初めての試みなので、スムーズとはいかないまでも、児童達は自主的に動き、各グループの作品に個性が生まれるなど、私が想像していた以上の授業ができました。私は孤児やインドの児童達を先入観で判断していた事にショックを受けました。平和ボケなのか、変な先進国意識なのか。どっちにしろ不のイメージで捉えてしまう私を変えねばと心に誓いました。

物乞いやマザーテレサの家(プレムダン)で生活している人を見たとき、胸が締め付けられる思いに駆られ、目を背けてしまう事もしばしばありました。私の心の弱さからきているものかもしれないと感じています。その人達を自分と一線を画してみているようで、差別をしているようで自分が嫌になりました。

章代さんは物乞いに話し掛けられたとき、目を背ける事なく、力強い眼差しでただただ物乞いの目を見つめていました。章代さんの表情は、自分に何も出来ない事を悔やんでいる様でした。
私も目を背けてはいけない。自分の目に映るすべてのものに対して本気で向き合ってこそ、その先にあるものが見えてくるのだと感じました。

カーリーテンプルでの山羊の首を跳ねる儀式も壮絶で、涙が止まりませんでした。今まで私が食べてきたすべての生あるものへの感謝の気持ちでいっぱいでした。彼女と共にベジタリアンになろうとその日のうちに誓いました。 もちろん旅は笑いが絶えませんでした。参加者がお互いツアー中のニックネームを付け呼び合うなど、和気あいあいとしたツアーでした。ツアーを通して新たな人間関係が築けましたし、意見交換をしてあぁなるほどと分かち合えることでさらなるニランジャナの発展に繋がるものと確信しました。

私はこれからもニランジャナに関わり力になり続けたいと思っています。そして一人でも多くの人がニランジャナの学校を訪れる事を願っています。


:2007年3月

武蔵野大学1年

感想
インドから帰ってきて今考えるとインドと繋がってたんぢゃないかなって思う。なぜかと いうと昔親から聞かされたインドの話、なぜか興味を持って読んだインドの本や聞きに行 った講演会とか。多分行く運命でした(笑)

インドに行くまでのイメージはかなり悪くて本当にそんな国なのかっていうのを実際見て みたかった。でも行ってみたらイメージとは全然ちがくてかわいい子供達や優しい人もた くさんいた。どこの国でもまた行きたいとは思うけどインド(スジャータ村)は何か違う。 すっごく行きたいと思う+その思いが強い?深い?気がする。今はまだその理由が分から ないから夏また行った時にこの疑問を解決出来たらいいなと思う。


:2007年3月

同志社大学1年

*授業報告*
私は今回ニランジャナスクールでは三日間に渡って紙芝居や簡単な劇を交えて「保健衛生」の授業をした。メンバーのみんなが面白いアイディアをたくさん提供したり、下準備にすごく協力してくれたので授業は大方成功したと思う。一番心配だった言葉の壁も、プリンシパルが英語からヒンディー語に非常に真剣に訳し、子供たちに話してくれたおかげでみんなもしっかり聞いていた。プリンシパルの謙虚で新しいものを柔軟に吸収していく熱心な姿からも学ぶものが多かった。

ただ、ホーリーのため学校がお休みだったり、予想以上に時間がかかったりで授業が駆け足気味になり最後らへんは余裕がなく、一方的にこちらが指示することが多く、今回のもう一つの授業テーマでもある子供たちの「自主性」「自立性」を活かせなかったのも反省点である。またグループ作業の時は小さい子供ほど活発にみんなで意見交換していたように思うが、高学年になればなるほど女の子が仕切って、男の子はあまり積極的ではなかった。

しかし良かった点として、これは最初から私達が予想していたものではなかったけれども、自主性を活かすグループディスカッションなど日本の教育のスタイルそのものがインドではまだなじみが薄く、先生たちにも新鮮だったようで、先生にも影響を与えられたのではないだろうか。今後の授業に活かしてもらえると嬉しい限りである。またグループでポスターを書いてもらったときに去年のツアーの授業でやったゴミ問題の絵も描いてくれているグループがあり、前回の授業内容もしっかり根付いているようで嬉しかった。

しかしインドにはゴミを処理するシステムがなく依然町はゴミで溢れていて衛生的にも良くないし、見ていて心が痛かった。次回は実際に子供たちとゴミ拾いなどをやり、子供の反応も見てみたい。

今回ガヤ市内で児童労働工場を見学したけど、児童労働は教育の機会を奪い、結果として仕事に就けないという悪循環を生み出している。 今回私は日本人として複雑な気持ちになった。なぜなら私たち日本人は児童労働のような“安い労働力”を通して例えば100均などで物を安く購入している。ということは実は自分は児童労働させる側の人間なんじゃないのかと。そう思うと悔しかった。だからインド特有の問題なんじゃなくて、その問題に自分も深く関わっているという認識をもったし、複雑な世界システムに驚いた。だから改めてもっと積極的に「貧困」という大きな問題に取り組んでいこうと思う。インドの貧困を解決しようと思うことは日本を変えていくこととイコールにもなる気がしている今日この頃です。すごく大きなことだし、とても一人では無理。その時土台となるものがやはり「教育」なのだろう。教育は強制するものではないけど人間の視野を必ず広くする。その中で子供たちが自分で考え選び取っていく。一人ひとりの意識が変われば必ず行動も変わる。

インドから帰国して、ちょっぴり寂しいけど日本でしかできないことあるし、何より子供たちの笑顔や、村の人々、ニランジャナ関係者との会話に励まされながら頑張って行きたい。



:2005年9月

日本女子大学 人間社会学部

 現代社会学科4年



*各児童への聞き取りインタビュー調査を終えて*

今回の調査にはいくつかの疑問点が残る。 ひとつは、調査が第3者の視点を徹底できなかった点。これには言葉の壁がある。 英語からヒンディの通訳として学校の教師が仲介するため生徒が緊張してしまい、 質問に正直に答えているかが疑わしかった。もうひとつは調査にかけられた時間が非常に短かった点。 そのため、生徒が学校に通うようになったいきさつなどをほとんど本人から聞き取ることができな かった。調査は項目にそって単調になってしまった。こちらの滞在期間が4日間ということが主な原因 。もっと日程を割いて取り組むべきだった。

*3万円の行方*

今回、日本の中高の教師によって中高生向けのイベントが開催された。 その収益金の一部(3万円)が私たちの学校訪問に使って欲しいと寄付された。 私たちの今回のインド旅行は「元気地球ネット」というNPO法人のひとつの企画として行われている。 そのため、ゲンタマの活動を書籍などで知った先生たちが寄付してくれたのだと思われる。 3万円はすぐに以下のものになった。

・蚊帳マット(5枚)
・ノート
・鉛筆
・黒板(小)
・チョーク
・ベットシート
・枕カバー
・バケツ(大小4つ)
・タオル
・制服
・消しゴム
恒常的に物が不足しているように感じた。 これら学校で使う多くのものは消耗品であるため、 生徒数を考えると調達する速度が追いついていないような印象を受けた。 また、楽器や絵の具、本など、子供の感性を育むようなものがもっとあったら楽しいかも・・・・ と個人的に思った。


*授業について*

教室が暗いので電気が通ると孤児たちが夜宿題をするにもやりやすい。 ランタンの明かりはかろうじて文字が見える程度だった。 でも、電気の供給状況が悪いのはインド全土の問題のような気がする。 インド政府はメトロの工事する前に電気と上下水道とゴミ処理場の整備をどうにかしたほうが いいのでは・・・。あ、政府批判にそれました。
先生が少ない気がした。 一人の先生が担う教科が多いので、 特にシニアでは各教科の丁寧さがどの程度確保されているのか気になった。 現地で先生を育成するような学校ができればいいのにな・・・と思いつつ、 しかし一体どうやって・・・とその問題の大きさに想像が及ばなかった。 しかし、とにかくお金。スポンサーが必要だということを強く感じた。 年間定期的に一定規模の収入があれば、もっと計画的に施設の増改築や備品の調達もできる。 きっとそれが本当に壁なのだろうと感じた。シッダルタさんが、 田んぼの真ん中で涙をにじませていた。私と野手君もつられて、3人でめそめそ。。。

日本で海外支援のためにお金を使いたいと思っている法人はきっとあるはず。 企業の社会的責任とか、イメージアップのために福祉事業に投資する会社を何社かスポンサーにつける とかできないのだろうか。そのために動く日本のスタッフの必要性を感じた。 子供たちの笑顔には国境や人種なんて存在しない。一つ一つがその国の将来。 可能性。それが軽視されている現実。国の富の大半を稼ぎ出す一部の人たちの ために作られていく国。中央集権体制で統治するには規模が大きすぎる国土・人口。 分権にするには複雑すぎる人種・宗教。どこをとって「インド」といって良いのかわからない。

率直な感想。

:2005年8月


立命館大学 政策科学部 3年生

今回のインドの旅で、私は素敵な出会いをブッタ・ガヤーで することができました。 それは、ニランジャナに通う子供たちとの出会いです。短い滞在ではありましたが、 子供たちと色々話もでき、とても実りの多い経験ができました。

: 日本に帰ってきても、一番はっきり思い出せるのは、子供たちのキラキラした笑顔です。 学校が大好き!勉強が大好き! と笑顔で語る彼らには、強いパワーみたいなものを感じました。 日本とは、かけ離れた環境で生活している彼らだからこそ、持っているものなのかもしれません。  また、インド訪問の際は、是非ブッタ・ガヤーの子供たちに会いに行きたいと思います。そして、今回は日本の歌や言葉を教えたりするくらいしかできなかったので、次は、もっと子供たちの実になることを考えたいです。

ニランジャナセワサンガ 資料請求は、 こちらよりお願いします。



寄付金で支援する!→

文具・衣類を送る!→

関西でのイベントに参加・お手伝いする!→

インド料理を食べる!→

事務作業でボランティアする!→

パンフレット配布・ポスター貼りに協力する!→

インドスタディツアーに参加する!→

現地でボランティアする!→

現地に井戸を掘る!→

現地に救急車を寄付する!→

TOP

次へ進む。→『スタディツアーに行こう!』

TOP

Copyright(c) Since 2001 Niranjana Public Welfare School
All Rights Reserved.